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カテゴリ:映画( 10 )

TV専門のお笑いタレントさんたちには申し訳ないのですが、そこまでして無理やり「笑い」が必要だとは思わないのです。
笑いは、やっぱり自然にわきあがってくるものですからね。
それに、最近はタレントさんたち自身が笑っているので、笑う前に引いてしまうのです。笑わせてもらっていないのです。
これ、本当に面白いのかなぁと思いながら見ているので、笑えない。
何かひとつのステイタスで、TVのおかげでやたらお笑いタレントさんが多い。それほど面白くないけど、TV局や事務所や先輩タレントが面白気に演出する。
TVだから、お金を払っていないのでどうでもいいんですけどね。
芸人さんでもコメディアンでもなくて、視聴率のTVの中だけで生きているタレントさんなのでどうでもいいんですけどね。


チャップリン映画音楽集
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今年楽しんで耳を傾けた古今東西の音楽の中で、みなさんそれぞれが最も記憶に残った愛すべきこの一曲はなんでしょうか。
ボクの場合は、もともとチャップリン映画の「モダン・タイムス」のテーマ曲“スマイル”がとても好きなのと、ごく個人的に今年にまつわる音楽の中で大切な楽曲だったのでこの“スマイル”を。


人心乱れて何かと世知辛い世の中ですが、生きていく時間の中で大切なものといえば、ある人にはお金かもしれないし、ある人には友達かもしれないし、ある人には愛かもしれないし、ある人には仕事かもしれないし、ある人には家族かもしれないし、ある人には自由かもしれないし、そういうふうに人それぞれ違いますが、それぞれの大切なものを楽しんだときには心底気持ちのいい笑顔がこぼれる。

だから、ボクにとって大切なものは笑顔。イライラしたもの、ネガティヴなもの、楽しくないもの、諍いごと、不機嫌やエゴには、そういう笑顔がありませんものね。
逆に笑顔であれば、何とか歩いていけるもの。

世は、チャップリン映画の「モダン・タイムス」さながらで、やれ新しさだ、やれ金だ、やれ成功だ失敗だ、みたいに騒いでいるようですが、古い映画でも今でもまったく変わらずに伝わってくるのはチャップリンが“人間そのもの”を描いていたからでしょうね。
日本で言えば、古典落語と同じでしょう。


~一夜明けて、途方にくれる二人でありました。
「あぁ、わたし、これからどうしたらいいのかしら」
嘆く彼女にチャップリンが言います。
「大丈夫、僕らは一緒じゃないか」
その言葉に安心して頷く彼女。当てのない荒野の一本道を2人して歩き出すのでありました。
「笑って、笑って、こんなふうに」
二人が歩いていく荒れ果てた道の彼方には、明るい日差しがさしているのでありました。


動画は“スマイル”とともに、そのラストシーン。これ以上“笑顔”ということを象徴したシーンはないでしょうね。
何より、笑顔は明るいものですものね。





そして、これもまた名場面、チャップリンの「独裁者」の演説シーン。
世界も社会も、この時代だからこそもう一度。


by greenwich-village | 2010-12-30 19:40 | 映画
冒険王のテーマ




久しぶりに映画の話。
映画の話をしだしたら、もう暑苦しいほどなので止めておきますが、笑

さて、話は、来年2011年2月11日・12日に行われる<いわきぼうけん映画祭>
ただいま映画・映像作品募集中。
いまほど、実行委員長の増田さんと映画に関するさまざまな思い出話やアイディアを話していたところです。

応募資格は一切不問。
30分以内の作品で、
(A)「ぼうけん」をテーマにした作品
(B)いわき市内で撮影された作品     の二種。

詳細は、
いわきアイオスWEBサイト       http://iwaki-alios.jp
いわきぼうけん映画祭公式ブログ   http://boukeneigasai.jugem.jp

応募先 970-8026 いわき市平字三崎1番地の6
いわきアリオス内 いわきぼうけん映画祭実行委員会 宛


さてさて、今度は映画だ。ワタシも出品しますよ。

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by greenwich-village | 2010-10-30 19:52 | 映画
構想10分、制作30分、総費用0円、感動の超駄作!

第931回アホリウッド大日本バカデミー賞・最劣等作品賞・受賞予定作品。


映画 「拝啓、親愛なる君へ」


by greenwich-village | 2010-03-12 13:17 | 映画
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昨日発売の女の人の雑誌「JJ」で表紙と特集が東方神起。

発売前日から昨日も大変な騒ぎで即売り切れ、近所の古い本屋さんのおじさんも少々ゲンナリ顔でぼやいていた。
この雑誌が全部ファンの子供たちの手に届いていればいいのだけれど、コンサートチケットのダフ屋とか株式投資マネーゲームよろしく、ちゃんとブローカーのおじさん・おばさんや業者がいて、発売即ネットオークションで、値段は十倍以上、8000円前後らしい。

ユーモラスで滑稽なのは、いつも、そういういかにも現代的な“現象”であり、出版社もタレントもスポンサーも古本業者も素人ネットブローカーも大喜びするシステムだ。


デヴィッド・リンチ監督が撮れば、たとえば、アイドルのウンコを競売にかけるシーンを描くかもしれない。
誰か他の人のウンコと交換したものをネットオークションに出して、本物は主人公が食べてしまうとか。

(松本人志監督は、リンチ的かもしれないよ)


本が売れない時代にいかにもネット万歳な話だが、うちで4500円出せばデヴィッド・リンチのレアな画集・写真集が買える。リンチのコアなファンを自称するなら、これはマストなテキストだ。
なぜなら、各作品に共通するリンチワールドが明快に理解できるからだ。


ここでデヴィッド・リンチ映画各作品に関して長々とは書かないけれど、ボクが思うに、リンチ映画はあまりストーリーを追いかけても意味がない。
一見突飛に思えるシーンとかユーモアセンスだとか解釈されるけれど、ボクには全編シリアスに映る。
ユーモラスなのは、監督自身がアメリカという国に暮らすアメリカ人、自身と作品とを含めたアメリカ的という部分で、それを彼がデフォルメするところにおかしな滑稽なシーンが出来上がる。

ストーリーやユーモア、それよりはむしろ、デヴィッド・リンチ映画は全編がもともと絵画的・写真的であって、それを積み重ねて逆にストーリーらしきものが生れる。
そういう部分を、この書籍は伝えているように思える。

絵もうまいし写真も上手で、もちろんそれぞれ独自の視点・世界観がある。それが彼の映画になる。
ワケが分からなくて当然だから、余計な文学的な解説は必要ない。彼の映画は、あのシーンそれぞれの“絵”なのだ。

多分野と統合、そういう意味で、デヴィッド・リンチはダ・ヴィンチやジャン・コクトーなどの系列にいる。
また、彼がTVシリーズや分かりやすい商業映画を手がけたのは、ちょうど、岡本太郎が大阪万博で太陽の塔を作ったようなもの。“大メジャーという道具”を使って逆手にとる。
また、最近の彼の作品は“映画の都・ハリウッド”をモチーフにしたものが多い。

この画集・写真集からは、一般の人が思い描くいわゆるアメリカは感じられない。
ヨーロッパ白人の血脈にある暗部の抽象であり、また、被写体化されたアメリカだ。日本人である我々には太陽がひっくり返っても読み取り不可能である。
唯一の理解は、それが“文脈”ではなく“絵”であること。“断片”。

断片の連なりとしての映画。映画としての断片の連なり。
彼の頭の中と視点が楽しめる。

アメリカでありながら非・アメリカ的。映画でありながら非・映画的。そういうリンチ作品をより一層感じるのにはもってこいの書籍だ。インタヴューROM二枚付属。4500円。

東方神起の「JJ」誌は、今ごろネットオークションでいくらになっているだろうか。


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アート・オブ・デヴィッド・リンチ


by greenwich-village | 2010-01-24 14:16 | 映画

映画「ナビィの恋」

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映画「ナビィの恋」サウンドトラック


毎週のTVドラマやワイド劇場2時間サスペンスや週刊誌マンガを見る時間があれば、その時間のほんの2時間ほどを映画にあててみてください。
夏だからというわけでは決してなくて、沖縄を舞台にした映画「ナビィの恋」は、テレビ連ドラでは得られないものを伝えてくれるでしょう。
ニュースや新聞を読むと、昨今は、なにかとストレスだとか「むしゃくしゃしてやった」犯罪だとか、ウツだとかリストラ、“ビジネスだ経済だ”だとか、隠蔽だとか偽装だとか、セレブやお偉い方々のインチキだとか、とかくネガティヴなものが大流行で賑わせていますが、きっとどんな人でも少しだけは優しい気持ちになれると思います。

“はい、コレ、忘れてたでしょ?これはあなたの忘れ物ですよ”と伝えてくれることでしょう。
“裸の王様ではなくて、自分はまだ若い”と思っている間は、どうか中身を沢山養ってくださいね。

上ばかり見ていると蹴つまづきますし、下ばかり見ていると頭をぶつけます。
目を閉じていたら何も見えませんし、キョロキョロしていると畢竟小心な怪しい人に思われます。

たった2時間、ただ真っ直ぐに見てもらいたい映画「ナビィの恋」です。


国頭ジントヨー / 登川誠仁


by greenwich-village | 2009-07-24 15:00 | 映画
f0148098_1364421.jpgかつて、故・寺山修司は「書を捨てよ、町へ出よう」と言いましたが、いまではとっくに書は捨てられ、ケータイを携帯し、片時もひとところに集中できない時代になったようです。書は読んだあとで捨てるわけで読まなければ捨てようもないので、文字と文字によるイマジネーションはその役目と機能を果たしてしまったような様相でもありますね。「とにかく高揚するもの」だけが娯楽・文化であるように見えます。

伝承・伝播、考察・洞察、想像・発見などの行間と連鎖する物語性は、自動的・電気的情報とバラエティ番組の刺激によってか、四コマから動くイラストまた40分仕立てのTVストーリーからその商業的劇場版によってか、「町に出ても閉ざされている」密室的幻想と非成長性を擁護するコンセンサスの彼方に消え入りかけているように見えます。

書を捨て町へ出たものの、そのような不運不慮の事故に出くわしてしまうか、実のところ収穫もないただの顔見世関係に生涯の時間を費やしてしまう。まるできれいに新しく整備開発された町並みとそこに集う人並みのように、ま新しくとも味気ない風景と同じかもしれませんね。

それが謳い文句で「新しい、新しい」と煽るだけのモダニズムの現状ですが、新しくも古くもない「連綿と続く書という物語性を得るために、町に出よう」であれば、おのずと書は捨てられ、成長成熟はなされる、と思うのですが。老性の老とは、知恵ということでしょう。

たとえば「映画」には、そういう目線、物語性と知恵が描かれているものも沢山あります。
イベントに出かける前に、映画を見ましょう。踊る前に映画を見ましょう。水着に着替える前に、映画を見ましょう。フェスに行く前に映画を見ましょう。デートをする前に、映画を見ましょう。本を読むように映画を見ましょう。音楽を聴くように映画を見ましょう。TVを消して映画を見ましょう。ケータイを置いて映画を見ましょう。書を捨てて映画を見ましょう。そして、町へ出ましょう。

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by greenwich-village | 2008-07-01 14:17 | 映画
あぁ、やっぱオリジナルはカッコいいですねぇ。
役者陣の格、存在感をはじめ、何もかもが違すぎますね!

「傷だらけの天使」
http://jp.youtube.com/watch?v=8ti-FKbaKDg

「探偵物語」
http://jp.youtube.com/watch?v=Co17q2iBV_A&feature=related

「探偵物語/ロンリーマン」
http://jp.youtube.com/watch?v=J0KNP_fwRQI&feature=related

「俺たちは天使だ」
http://jp.youtube.com/watch?v=yeHoS_nyWA4
by greenwich-village | 2008-04-28 15:06 | 映画

雨は好きですか?

やはりこれも温暖化・異常気象の兆しかと思ってしまうほど、ここのところなんだか雨風が多いように思えます。
週末だというのに昨日今日などコレでもかというほど降っていますね。この辺りだと予報によるとこの雨は日曜まで続くようで、これでは店に並んだ新しい商品も見ていただけないわけで、商売柄客足を含め「忌々しい雨め、厄介な風め」と恨めしい気分になります。
自然現象・天変地異に腹を立てて文句を言ったところで意味はなく、とどのつまり人間様の無力さ加減を知らしめられるだけなのですが、ともかく雨・風・寒さはとかく非活動的・非生産的になりがちで、アウトドアの肉体だけではなくインドアの精神的にも虚ろな気分になられる方も少なくないかと思われます。

激しくてもそぼ降る雨でも、雨の日が好きでも嫌いでも、窓の外の雨に何がしかのフィーリングを覚え、それに見合う音楽を聴いたりしますね。
まったりとしたボサ・ノヴァであったり儚げなバラードであったり、ゆったりとしたロックステディやラヴァーズ・レゲエであったりミディアム・テンポのソウルだったり。

f0148098_13442651.jpg古今東西、「雨」とか「レイン」とかのタイトルが付いた雨の情景情感を描いた音楽は多々ありますが、雨が降るたびにボクが思い出す楽曲はアメリカン・ニュー・シネマの代表作のひとつ、映画「明日に向って撃て」の主題歌「雨にぬれても」

西部劇の体裁ではありますが所謂“正義の味方”が主人公の、後のスター・ウォーズへと繋がる勧善懲悪な活劇ではなく(アメリカン・カントリー音楽がアメリカン・ハードロックへ移行したように、西部劇がスター・ウォーズやハリウッド・アクションものになったのです)、新しい時代の悪漢ヒーローを描いた映画のハシリに位置する作品です。

音楽も他の西部劇の楽曲のように、勇ましかったり雄大であったり重々しいものではなくて、実に軽妙なポップでさりげなくウキウキさせてくれるものです。作者はアメリカの大ポップ音楽家・作曲家の一人バート・バカラック。バカラックはこれ以外にも数え上げればキリがないほど沢山の親しみやすいポップ音楽を作っていますから、はっきりと憶えていなくとも、誰でも一度は必ず彼が綴ったメロディーを耳にしていると思います。あなたが鼻歌でなんとなく口ずさんでいるのは、数多あるバカラック・メロディの一つだったりしますよ。

f0148098_13583015.jpg♪レインドロップス・フォーリング・オン・マイ・ヘッド~・・・・
「雨にぬれても」も説明不要なほど誰もがどこかで耳にしたことがある有名曲で、間違いなく彼の代表曲で名曲の一つです。
ポップでステップを踏みたくなるようなリズム、淡い明るさを湛えた優しいメロディ、「雨が頭に降り落ちて濡れてしまっても、まぁいいじゃないか、そんなことは気にもならない」と唄う内容、これが“忌々しく厄介な雨”の気分を少し和らげて、コーヒーでも入れて時を過ごすかと感じさせてくれたりします。

「好きか?」と問われれば、ボクは雨の日はあまり好きではありませんが、好きではないものでも少しは過ごしやすくするために工夫して、それに見合う彩を添えて何か見つけて楽しんでしまうのがいいと思うほうなので、そんな意味でも、音楽は日常的に欠かせない付加価値がとても低いものとして大切にしています。
“衣・食・住・音”。非日常性や特別な空間や時間ではなくて、ちょうど雨の日の雨音のように、普段の暮らしの中で当たり前に音楽が流れていればステキだなと思うのです。
by greenwich-village | 2008-04-18 14:14 | 映画
最近の話らしいのですが、
科学者がさまざまな実験をおこなった結果、脳を騙したいわゆる<幽体離脱・体外離脱>を体験することが可能だと証明された、とのことです。

心は、視覚や聴覚などの感覚信号を奪われてしまうと、またたく間に混乱状態に陥りますね。恐怖心を煽り煽られ、自らも非現実的な、ポジティヴなようなネガティヴな事柄に惹かれる。
空を飛びたい願望からの逃避行は、意識が変調状態にあるときの定番のようですね。

そういう状態のまま、何か心因的・外的なきっかけがあると、人の心は、イマジネーションとそれに基づいて作り上げた個人的な別の現実・非現実を、現実として誤認識してしまうんだそうです。

それは何も新しいものでも新しい刺激でも、正しい情報でも勿論自分が置かれた現実でもありませんね。
自分の思考とか意思の力とか創造性とか、それらを信じて駆使すれば、今とは違う本当の新しい現実へ向かって、ひとつひとつ構築していけますね。

たとえ夢の世界の住人でもその世界での現実はあるのですから、何もわざわざネガティヴな悪い夢を見る必要はないですね。

ジャン・リュック・ゴダール作品(各1000円)
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by greenwich-village | 2007-09-17 14:52 | 映画

人生と恋

映画の話は必然的にあらすじを語ることになりますから、多かれ少なかれネタバレなものになってしまいますが、だからといってストーリーやセリフ、伏線や映像などの細部までは説明しようがないもので、やはり見るしかない、わけです。
新作などは劇場にもレンタルにも足を運ぶ余裕がないという言い訳で最近はご無沙汰しています。この夏でいえば、たとえばデヴィッド・リンチの新作など気になるものもあるのですが、結局はDVDで見ることになりそうです。
とっくに見ているよという方も多いでしょうが、旧作をもう一度ご案内したいと思います。

f0148098_195415.jpg「人生は、たからもの。」というキャッチコピーが、仲睦まじい夫婦と子供の写真にまさにぴったりの「ライフ・イズ・ビューティフル」。
生きている間は、笑って、泣いて、恋をして、失敗して、励ましたりメゲたり、人生を味わい謳歌して、実感があるものですね。

ある日、主人公は恋に落ちます。熱烈なプロポーズの末、二人は結ばれます。プロポーズとはいってもカッコいいものではなく、終始とことん彼女を笑わせ続けるのです。人間、笑ってイヤな気持ちになる人はいませんね。

さて、主人公は小さな店を開き、二人に子供が出来て、幸せに暮らしていたのですが、二次大戦が始まります。彼はユダヤ人だったので家族ともども収容されてしまいます。彼と彼の息子は同じ収容監獄に入りますが、彼はその間もずっと息子が見つからないように、部屋に息子を隠しています。そして、これもまた終始とことん息子に嘘をついて「これはゲームなんだよ、だから見つかっちゃだめだからね」と、笑顔で息子を安心させます。

それとは裏腹に、泣き喚きながらの強制労働の末、終盤で主人公はドイツ兵に殺されてしまうのですが、子供は最後まで「これはゲームで、勝てばオモチャがもらえるんだね」と父親の言葉を信じて、戦下・収容をゲームだと思い子供らしく活き活きと過ごします。

主人公は、その生涯を愛すべき女性と息子・家族を守るために生きました。彼自身がキビしいときでも、優しさと愛情で笑わせ、楽しませ、人生を捧げました。


f0148098_19121261.jpgすべてを分かっていて、それでも愛しくてしかたない。恋心とはどんなものでしょうか。

「ナビィの恋」の老人は、愛する女性と爺婆になるまで長い間連れ添いました。妻は、かつて愛する人がいて、家族に仲を引き裂かれ、その恋人は島を出て行ってしまった過去があり、老人はその経緯を見ていて、彼女の他ならぬ思いも知っているのですが、求愛し結ばれ、夫婦となり長い間過ごしてきたのです。

老夫婦の孫娘が帰ってきます。島を訪れる若者がいます。小さな島で二人は出会い、やがて恋心を抱くようになります。
時同じくして、出て行った老婆の最愛の恋人が島に帰ってきます。彼女の心はざわめき立ち、生涯の時間を経て再び色付き始めます。恋人は「必ず迎えに来るから、そのときは二人で島を出よう」と言い残していたのです。彼女はその言葉を片時も忘れたことがありませんでした。そして、かつての恋人もその約束を果たしに帰ってきたのでした。

孫娘たちの若い恋が始まり、老婆のまるで少女のような恋もまた始まります。
長い間連れ添った夫である老人は三線と野良仕事をしながら、孫娘たちの恋を見つめ、また妻の揺れる恋心を見つめています。彼はことの事実以上に、真実を知っているのです。妻の純粋な恋心を止めることは出来ないと。自分もそうだったように。

若い恋が結ばれ、古い恋も結ばれます。いや、恋に新しい古いなどありませんね。二つの恋心が結ばれますが、孫娘たちは島に残り、老婆たちは島を出て行きます。老人は岬の上で三線を弾きながら、妻を見送り、孫を祝福します。


どちらも、相手や家族を愛しむ・思いやる、そういう優しさに溢れた作品です。
大切なものはどこか遠くにあるのではなくて、いつも身近にあって、その愛すべき人たちや物事とどう関わっていけるか、という至ってシンプルな主題を感じるのです。
by greenwich-village | 2007-07-25 19:53 | 映画

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