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カテゴリ:本( 12 )

数多いる異種同種道具屋古道具屋さんや昨今の「何でも鑑定団」の先生方や、音楽などの様々な評論家先生など全く気にも当てにもしていないのですが、著作を読んだわりと昔から、この方の“眼”にはひれ伏しています。
青山さんのほか、柳さんや北大路さんも同じラインで、自身としての<美を見抜く“眼”>に感服しています。
<“キレイ”ということ>と<“美”ということ>の違い、金銭的価値と本質的価値の違い、知識と智慧の違い。

・・・・・・・・

例へば私を一度でも知ってゐる、總ての人の見た私が私だとしたら。
それが正真正銘の私だと観念したら、私の人生の意義と言へるものは、人から何を求められてゐるか、どうみられてゐるかそれを如何に私が踊ったかに懸かってゐます。
ひょっとこの踊りでも致し方がない、人の見た私が私の總てです。
人の眼に隠れた何かの精神が、私の何処かに納ってある譯のものでも無ければ、人の知らない何かの内容を私が密かに温めてゐる筈もありません。
そんな積もりで自惚れれてゐる姿は、たゞキザに見えるとはキザに見えると謂ふ言葉が見てゐる頭の働き方に過ぎないから、眼玉は本來そんな事柄を見てゐる筈がありません。
積りとか、自惚れとか、思惑とかいふものは妄想に過ぎないから、勿論私でさえありません。
萬人の眼玉が見たものはは眼玉で見たものです、それから來るいきさつはいきさつです。
自家の犬は私の顔を見て、私の魂まで見抜きます。
私の不貞の妻が私を誤解したでせうか。
人に見られただけが私の總てだとすれば、人に買はれただけが私に出來る生活内容の總てです。

青山二郎 / 眼の引っ越し

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ジイちゃんこと青山二郎は昭和54年3月27日に死んだ。
青山の名があるところ、必然のように「高級な友情」に繋がった小林秀雄、師弟として繋がった白洲正子の名があった。
小林は言う、「僕たちは秀才だが、あいつだけは天才だ」と。
「人が覗たれば蛙に化れ」という青山の言葉、俺だけがこの器の良さをわかる。
人は蛙と見てくれればいい。外観に惑わされず、本物の中の本物を発掘するのが青山二郎の志したことと、青山の至福を白洲正子は観じる。
死んだ人間の知ったことではなかろうが、「何もしなかった天才」の死こそ、「残念これに過ぎたるものはない。」

・・・・・・・・・・

小林秀雄がようやく世にでたころ、中原中也、河上徹太郎、大岡昇平、永井龍男などはまだ無名、のち「青山学院」と称すようになる希有な才能のサロンの中心に青山二郎はいた。
人物評に長けた河上が記した「色白の、愛嬌のある顔をそのまま端正に磨きあげて、眼の光だけは鋭く、純真率直故に、人の嘘や気取りは誤りなく見抜く、といった風、およそ粋だとか通だとかいったこととは反対の傍若無人の天才」の眠るところ、谷中玉林寺墓地。
陶工加藤唐九郎作になる古瀬戸風の骨壺に収まって、戒名と没年月日、俗名、享年が添えられた「青山家之墓」、陽が傾きかけた初夏の奥津城の中で、やがては緑蔭の懐に寂寒としてある風景のひとつとなった。



青山二郎     ウィキペディアより

青山 二郎(あおやま じろう、 1901年6月1日 - 1979年3月27日)は東京府出身の伝説的な骨董の目利きである。多くの文人を育て、多大な影響を与えた。

高等遊民と呼ばれ生涯定職に就くことはなかったが、装幀家としては沢山の作品を残しまた評価されている。

東京市麻布区(東京都港区)の大地主の家に生まれる。生家は徳川家に重臣として仕えた青山家。旧制麻布中学在学中から絵画や陶器に親しみ、中国や朝鮮や日本の焼き物を探求した。

若き日に柳宗悦や浜田庄司たちの民芸運動に参加するも、後に袂を分かった。柳の甥の石丸重治と雑誌「山繭」に関わり、そこで小林秀雄と運命的な出会いをする。骨董を愛玩するなかで鍛えた眼で本質をずばりと見抜き、ときに手厳しい批評を行った。親友の小林を幾度も酒席で泣かせたといわれる。

自宅には小林秀雄、河上徹太郎、中原中也、永井龍男、大岡昇平といった文人たちが集い、「青山学院」と呼ばれた。白洲正子、宇野千代なども弟子にあたる。

著書

眼の引越    初版は創元社、中公文庫 限定新版でも刊行
眼の哲学・利休伝ノート  鎌倉文士骨董奇譚     各講談社文芸文庫
青山二郎全文集      ちくま学芸文庫上下  
元版は「青山二郎文集」 小澤書店(増補版も刊行) 野々上慶一、郡司勝義編 
骨董鑑定眼   ランティエ叢書 角川春樹事務所
陶經 古書肆「国分寺えびな書店」で複製刊行 和装本、元版は「二郎龍書房刊」

関連書籍
いまなぜ青山二郎なのか - 白洲正子
遊鬼―わが師わが友 - 白洲正子
おとこ友達との会話 - 白洲正子
心に残る人々 - 白洲正子
美は匠にあり - 白洲正子 各新潮社と新潮文庫
青山二郎の話 - 宇野千代 中央公論社、中公文庫のち改版
天才 青山二郎の眼力 - 白洲信哉<とんぼの本> 新潮社
青山二郎の素顔―陶に遊び美を極める 森孝一編 里文出版、のち新装版
改題し「青山二郎と文士たち 骨董交友録」 文庫版、里文出版
高級な友情―小林秀雄と青山二郎 野々上慶一 講談社文芸文庫
『青山二郎の眼』<解説付> 新潮社 2冊セット
2006-2007年の愛媛県美術館、新潟市美術館他での展覧会図録 
青山二郎の眼 - 青柳恵介編<別冊太陽日本のこころ> 平凡社
小林秀雄対話集 講談社文芸文庫
死の骨董―青山二郎と小林秀雄- - 永原孝道 以文社



読書の秋。ガラス窓のレリーフと丸取っ手のステキな古い本箱、入荷。愛蔵書収納などにお使いください。

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蓄音機の耳、カザルスのチェロの響き。


by greenwich-village | 2009-09-28 21:51 |

“ものがたり”の原型

エンターテイメント、生れては消えていく巷にあふれる数多あるポップミュージックやファッションは、意図的であれ無意識であれ、模倣・類似・贋作などごくごく当たり前のことで、そうではない類の表現者、音楽や表現でさえ、もとより、文学でも映画でもその原型・雛形は必ずありますね。存在・表現は再構築の反復による増殖。

換骨奪胎などと言いますが、多くの構造/スタイル/発想/テーマなど、その表現の“ものがたり性”は、どうしたところで原型をはみ出さず原型の内にあって、モダンに今様のマテリアルとして換言・リフォーム・トリートメントされています。
古いものに興味があれば、時代をさかのぼればさかのぼるほど表現や創造性の原型が垣間見えるので、翻って今様もそのあり様がはっきりと理解できます。

ものがたりは、焼き直されリフォームされる。様々な古典作品から、ものがたりは再生されます。昨今の大ヒットしている音楽、ファンタジー映画や小説、アニメーション映画も、そのものがたりの原型は古典の中ですでに表されていますね。
ですから、小説も音楽も映画も、現代での商業ヒット=産業とは、ものがたり性ではなく、今様のマテリアル/モダンなリフォームにあるように見えます。

喜怒哀楽、欲望や嫉妬、驕りや慈しみ、恐怖や祈り、裏切りや苦悩、愛情や友情、古来から人間はまったく変わっていませんから、時代のマテリアルに合わせてどうモダンにリフォームしても、そこでの“ものがたり”は何も変わっていませんね。

古事記、源氏物語、エジプト神話、ギリシャ神話やローマ神話、ヴェーダ/ウパニシャッドのインド神話、旧約聖書/出エジプト記、西遊記、三国志演義、水滸伝、金瓶梅の中国四大奇書、千一夜物語/アラビアン・ナイト、マザー・グースやホメロスのオデュッセイアなど、いつの日か、そういう原型古典/神話などの原型書を、その“ものがたり”を腰をすえてじっくりと読み込んでみたいなと思っているのです。
by greenwich-village | 2008-10-06 14:28 |

カメラ/現像室

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昨夜帰りしないつものハイキング食堂で一杯やりに立ち寄って飲んでいると、店主Kくんから一冊の雑誌を渡されました。
「旅写真」というもので特集は季節柄“桜”。この掲載されている桜の写真が全部とてもイイのでした。ボクは桜はそれほど好きではないのですが、満開の様々な桜と、それ以上にそれらの写真の見事なこと。

ボクは中学校の頃、写真クラブにいて、カメラ好きな父親のスライド式照準の古いニコンで撮った白黒写真を学校にあった現像室で現像していました。現像には二つの液を使うのですが、あの独特の鼻を突く匂いと暗室の赤いランプがとても好きでした。現像したフィルムを専用の機械にのせて大きさを決め印画紙に焼き付けます。それを液に浸して画像が現れると洗濯バサミで紐に引っ掛けます。

そんなせいか年のせいかアナログ、どうも流行かどうか「トイ・カメラ」には馴染めません。若い女性や割と多くの人が愛用しているようであれはあれで偶然任せのアバウトな味わいがありますが、正直、“カメラ”よりは“トイ”の要素が多く占めているものだろうと認識しています。キャノンやニコン、デジカメであれ、やはりボクは本体やレンズを重要視しています。
「旅写真」にはそんなこんなを思い出させるような素晴らしい写真が沢山掲載されていました。
家に帰って、押入れのどこかにある懐かしのニコンをガサゴソと探してフィルム写真を撮って、瞬間や思い出を現像してみたくなりました。

あぁ、キムタクのCMみたいに、でも高機能多機能はいりませんが、何だか愛しくなるようないいカメラが欲しくなります。

50年代の古い写真雑誌アサヒカメラやライフ(700円~1000円)、古いですが実に味わい深いイイ写真がたくさんあります。

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by greenwich-village | 2008-03-07 23:18 |
「ビートニク」
1950年代後半から1960年代前半にかけてアメリカの文学界で異彩を放ったグループ、あるいはその活動の総称。
ビート・ジェネレーションという言葉は、1948年前後に「ニューヨークのアンダーグラウンド社会で生きる非遵法者の若者たち」を総称する言葉として生まれた。
最初期は、主にハーバート・ハンクルの一味を指し、「人生に疲れた奴ら tired」や「どん底人生を送る奴ら down and out」という負の意味しか持たなかったが、後にジャック・ケルアックが、「アップ・ビートで行こうぜ! upbeat」、「幸せをあなたに! beatific」、「ノリノリだぜィ on the beat」と正の意味をもたせるようになった。
ジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグそしてウィリアム・バロウズを初めとするビート・ジェネレーションの作家群が多くの若者達から熱狂的な支持を受け、ポエトリー・リーディングの活動でも有名。


新約/旧約というと「聖書」ですが、こちらは新訳書で、まさにボク個人のバイブル、またグリニッチ・ヴィレッジという店の根幹コンセプトでもあるジャック・ケルアックの「路上」が、池澤夏樹編集の世界文学全集の配本「オン・ザ・ロード」として新しく翻訳されて、昨年2007年11月に発売されています。只今、二冊ほど入荷しました(が、一冊は店主私物になるので店頭は一冊だけですが、笑)。新刊美品2200円。若い世代に読み継いでほしい作品です。


f0148098_1314392.jpg-僕は不意にタイムズ・スクェアにいる自分を見出した。アメリカ大陸を約八千マイル歩いて、再びタイムズ・スクェアに戻ってきたのだ。しかもラッシュ・アワーの真っ最中にだ。
僕の道路に慣れた無心の眼に映るのは、ニューヨークの徹底した狂態と奇怪な快哉の叫び声だ。
何百万という人間が、わずかな金を求めてたえず押しあい、つかみとったり、もらったり、与えたり、溜め息をついたり、狂気じみた夢を追い、そして死んでいく。死ねばロング・アイランド市の向こうのあの荘厳な共同墓地に埋葬されるのだ。
ここはこの国の高い塔の都市-この国の一方のはし-薄っぺらなアメリカの生まれるところだ。- (福田実旧訳「路上」より)


f0148098_1335557.jpg-世界はこんなに広いし、人間の思いはこんなに遠くまで飛翔する。そんな体験をして欲しい。-
池澤夏樹編集「世界文学全集」第一回配本。
ジャック・ケルアック「オン・ザ・ロード」

-「オン・ザ・ロード」を「路上」と訳してしまうと何か大事なものが欠けてしまう。「路上」という日本語は道の上という場所のことであって、動いている感じがないのだ。 -池澤夏樹-

-連中はぼくらを二十七丁目とフェデラル通りの角で降ろした。ぼくらのボロボロのスーツケースがまたしても歩道に積み上げられた。まだまだ先は長い。しかし、気にしない、道こそ命だから。-(青山南新訳「オン・ザ・ロード」)


「グリニッチ・ヴィレッジ」
ニューヨークの有名な文化人が誕生したところ。ニューヨークのパリとでも呼ばれるところで、Allen GinsburgやAndy Warhol, Gloria Stenemなどでもおなじみ。
30年前、ここは文化や芸術の発信地として大いに脚光を浴びた。19世紀の終わりには貧困なイタリア人、アイルランド人、ドイツ系移民がここに入植。やがて芸術家や、自由人、インテリたちが移り住む。型にはまらない、社会のアウトサイダー自由人の約束の地となった。
歴史的な建物や、タウンハウス、大きな窓、暖炉、中庭など魅力的な建築物も数多。NYでもっとも人気のある地域。
また博物館・美術館 実に多くのギャラリー、音楽、劇場などがある。ニュー・ヨーク市立大学のキャンパスがヴィレッジの中心。
by greenwich-village | 2008-03-04 13:28 |
大晦日、あと12時間もすれば新年ですね。
ネットも年越しは混雑するでしょうから、一足先にあけましておめでとうございます。
皆様の2008年が、素晴らしい一年になりますようにお祈り申し上げます。

f0148098_12273132.jpg「三四郎」  夏目漱石

(・・・・・中略)
浜松で二人とも申し合わせたように弁当を食った。食ってしまっても汽車は容易に出ない。窓から見ると、西洋人が四、五人列車の前を行ったり来たりしている。

そのうちの一組は夫婦とみえて、暑いのに手を組み合わせている。女は上下(うえした)ともまっ白な着物で、たいへん美しい。三四郎は生まれてから今日に至るまで西洋人というものを五、六人しか見たことがない。そのうちの二人は熊本の高等学校の教師で、その二人のうちの一人は運悪くせむしであった。女では宣教師を一人知っている。ずいぶんとんがった顔で、鱚(きす)または(かます)に類していた。だから、こういう派手(はで)なきれいな西洋人は珍しいばかりではない。すこぶる上等に見える。

三四郎は一生懸命にみとれていた。これではいばるのももっともだと思った。自分が西洋へ行って、こんな人のなかにはいったらさだめし肩身の狭いことだろうとまで考えた。窓の前を通る時二人の話を熱心に聞いてみたがちっともわからない。熊本の教師とはまるで発音が違うようだった。
 
ところへ例の男が首を後から出して、
「まだ出そうもないのですかね」と言いながら、今行き過ぎた西洋の夫婦をちょいと見て、
「ああ美しい」と小声に言って、すぐに生欠伸(なまあくび)をした。三四郎は自分がいかにもいなか者らしいのに気がついて、さっそく首を引き込めて、着座した。男もつづいて席に返った。そうして、
「どうも西洋人は美しいですね」と言った。
 
三四郎はべつだんの答も出ないのでただはあと受けて笑っていた。すると髭の男は、
「お互いは哀れだなあ」と言い出した。

「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね。もっとも建物を見ても、庭園を見ても、いずれも顔相応のところだが、――あなたは東京がはじめてなら、まだ富士山を見たことがないでしょう。今に見えるから御覧なさい。あれが日本一(にほんいち)の名物だ。あれよりほかに自慢するものは何もない。ところがその富士山は天然自然に昔からあったものなんだからしかたがない。我々がこしらえたものじゃない」

と言ってまたにやにや笑っている。三四郎は日露戦争以後こんな人間に出会うとは思いもよらなかった。どうも日本人じゃないような気がする。
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
「滅びるね」と言った。

――熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。悪くすると国賊取り扱いにされる。三四郎は頭の中のどこのすみにもこういう思想を入れる余裕はないような空気のうちで生長した。だからことによると自分の年の若いのに乗じて、ひとを愚弄(ぐろう)するのではなかろうかとも考えた。男は例のごとく、にやにや笑っている。そのくせ言葉(ことば)つきはどこまでもおちついている。どうも見当がつかないから、相手になるのをやめて黙ってしまった。すると男が、こう言った。

「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」
でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。

「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。
とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓(ひいき)の引き倒しになるばかりだ」 

この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがした。同時に熊本にいた時の自分は非常に卑怯(ひきょう)であったと悟った。

その晩三四郎は東京に着いた。髭の男は別れる時まで名前を明かさなかった。三四郎は東京へ着きさえすれば、このくらいの男は到るところにいるものと信じて、べつに姓名を尋ねようともしなかった。
(・・・・・後略)
by greenwich-village | 2007-12-31 12:30 |
それでもあなたの道を行け。
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by greenwich-village | 2007-12-05 02:01 |

草枕

f0148098_2181889.jpg「草枕」    夏目漱石

 
 山路を登りながら、こう考えた。
 
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
 
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
 
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
 
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
 
 住みにくき世から、住みにくいを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である。こまかに云えば写さないでもよい。ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧く。
by greenwich-village | 2007-10-04 02:21 |

ラングストン・ヒューズ

「助言」     ラングストン・ヒューズ/木島始 訳
 
f0148098_15252662.gifみんな、云っとくがな、
生れるってな、つらいし
死ぬってな、みすぼらしいよ───
んだから、掴まえろよ
ちっとばかし 愛するってのを
その間にな。




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<ラングストン・ヒューズ>
詩・小説・戯曲・短編・コラムなどに活動したハーレム・ルネサンス期のアフリカン・アメリカン作家。
それまでアメリカ白人作家によって描かれてきたアフリカ系アメリカ人のステレオタイプ(ひたすら従順・あるいは野蛮で知性に欠ける、など)とは異なり、黒人自身の視点からブラックアメリカ文化・風俗を提示することにより普遍的人間像を描いた。
黒人文芸復興( ハーレム・ルネサンス )の中心人物の一人となり、ニューヨーク・ハーレムを拠点としながら世界中を旅し、「ものういブルース」などブルースのような肉声の詩を数多く残した。

ラングストン・ヒューズ    http://www.poetry.ne.jp/zamboa/14.html
by greenwich-village | 2007-09-22 15:30 |

小説「イリュージョン」

f0148098_19465654.jpg「イリュージョン」   リチャード・バック

再びリチャード・バックの小説「イリュージョン」の言葉から抜粋。


         
                親愛なるリチャードへ、    ドンより。


川底で水草に必死にしがみついていた生き物は、もうこんな生活は嫌だと、手を放しました。
すると生き物は川の流れに乗って、他の生き物から見ると、飛んでいる――奇蹟を起こしている様に見えました。
他の生き物たちは、その生き物を「救世主」と呼びましたが、その生き物は「自分は救世主なんかじゃない、そのしがみついている手を放しさえすればいいんだ」と言いました。
しかし、誰も手を放そうとするものはいませんでした。

・・・・・・・・・・

自由が欲しい時は、他人に頼んじゃいけないんだよ。
君が自由だと思えば、もう君は自由なんだ

・・・・・・・・・・

自由に生きるためには退屈と戦う必要がある。
退屈を殺して灰にしてしまうか、退屈に殺されて家具になるか
激しく根気のいる戦いである。

・・・・・・・・・・

限界、常にそれが問題である。
君達自身の限界について議論せよ
そうすれば君たちは、限界そのものを手に入れることができる

・・・・・・・・・・

二つは比例する。
君達の知力と、君達が悲劇の存在を認める度合、
毛虫が終末を思うその形態を、救世主は、蝶と名付けた

・・・・・・・・・・

世界の遊戯に寄与する君達の使命が、終了したかどうか判断する簡単な基準がある。
もし、君たちが生きていれば、瀕死の重傷でかすかに息がある場合でも生きていれば、
まだ使命は終わっていない

・・・・・・・・・・

君達全てのものに告げる。
君達が遭遇する事件はすべて、君達が招き寄せたものである。
その事件の発展の方向を決めるのは、もちろん君達であって神ではない
。 

・・・・・・・・・・

いつも君は白い紙を持っている。
それはほとんどの場合、計算のための用紙として使用される。
しかし、もし君が望むなら、そこに現実を書き込むことが可能だ
意味のないこと。嘘。何でも書き込むことができる。
そして、もちろん、破り捨てるのも自由だ

・・・・・・・・・・

最も単純な疑問が、最も深い意味を持っている
君はどこで生まれどこで育ちどこで何をしようとしているのか?
これらの答えは、君達自身と共に常に変化しているはずである

・・・・・・・・・・

いかなる種類や程度のものであっても、困難は君達に何かを与える
君達は、言うなれば、困難さを捜しているのである。
困難さが与えてくれるものには、価値があることを知っているからである。

・・・・・・・・・・

小説の登場人物になろうとしたことはなかっただろうか?
もしそういう経験があるならば、君達にもわかるかも知れない。
時として、虚構の中の登場人物の方が、
心臓の鼓動をもつ人間よりも強く真実を語ることを


・・・・・・・・・・

君達が自己に忠実に話す時、そこに過去や未来は関わりなく真実が永遠に光り輝く。
自己に忠実に話す、それのみが真実の正統な在り様なのである


・・・・・・・・・・

さよならの時に、うろたえてはいけない。
別れは再びめぐり逢う前になくてはならないものだから
そして再会の時は必ずやってくる。
君とその友人のために。
ある時間を経て、いくつかの人生を巡った後に、必ずやってくるものだ
by greenwich-village | 2007-09-06 19:51 |

手塚治虫

f0148098_140331.jpg「鉄腕アトム」や「リボンの騎士」の世代ではないですが、手塚漫画が大好きでした。

ボクらのころは、圧倒的に「ブラック・ジャック」、週間少年チャンピオンの連載でした。その後、「三つ目が通る」や「七色インコ」が続きます。
ブラック・ジャックは、当時はとても奇妙な感じで引き込まれて読みましたが、いま考えてもあんな特異な内容の漫画はないんじゃないか、と思っています。有名な話ですが、いつもタブーとされているような題材を扱っていて、当時医学会からのプレッシャーなどで単行本化された時に、ある決定的な一話は外されたそうです。

後追い的に、全部ではないですが古い手塚作品も多く読みました。初期のSF冒険モノから「ガロ」誌に対抗して自ら作った「コム」誌時代の青年漫画、劇画的・社会モノ。
中学生のころ、漫画家になりたいとマンガを描いたこともありましたが、絵といいストーリーといい、手塚作品のパクリでした、笑。

手塚作品でひとつ選べといわれれば、迷わず「火の鳥」を挙げます。テーマ・内容といいストーリーといい量といい、スゴイ作品です。機会があれば一度読んでみてくださいね。


f0148098_145795.jpgグリニッチ・ヴィレッジには今は漫画は少ないのですが、ちょっと変わりダネで「手塚小説集」「手塚シナリオ集」などは置いています。(各800円)
主題、ストーリーや構成、手塚漫画の核心と側面を味わえるテキストです。
読書の秋。食べ物ばかりか、漫画や小説や映画などステキな作品もまたたっぷりと楽しんでくださいね。FAT at HEART !!


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描き直しやボツになった原画も見られる!手塚漫画が完成するまで  
<手塚治虫 原画の秘密展>


ボツ原稿や修正の跡を見られるまたとない機会だ。

手塚治虫は、最高の状態の漫画を読者に届けたいという思いから、漫画を完成させるまでの過程に修正や描き直しを多数行った。
原画には作品が完成するまでの作者の工夫が見られ、漫画追求の姿勢が浮かび上がる。
同展は、手塚治虫の仕事の様子や制作プロセスなど5テーマで構成し、原画29枚とボツ原稿15枚を展示。
『ブラック・ジャック』『火の鳥』などの原画を通し、作者の熱意が伝わる。カラー原画7点では、ジャンルによる色使いの違いを見比べることも。

場所    兵庫県宝塚市武庫川町7-65
期間    2007年7月12日~2007年10月30日
休業日   水曜((8月は無休))
交通    阪急今津線宝塚南口駅から徒歩5分
駐車場   なし
料金    大人500円、中高生300円、小学生100円

問い合わせ先 宝塚市立手塚治虫記念館(0797-81-2970)
URL http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/tezuka/index.htm
by greenwich-village | 2007-09-03 14:23 |

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by グリニッチ・ヴィレッジ