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モノのあわれ/人のあわれ


ある男が何やらいわくつきのたいそう高価な掛け軸を受け取った。

昔の話なので所在はよくわからないが、彼の曾爺さんが何かの折に預かったか手に入れたものだそうで、決して旧家ではない一般庶民の彼の家ではどう転んでも入手できるような代物ではないほど価値がある掛け軸だそうだ。

父親の死去の際にゴミとも思える荷物を片付けていた折に、実家の納戸か天袋の奥にあったものを母親が見つけ、よくわからないまま彼が受け取った。

金糸張りで表具こそ高そうだが、表装された絵は墨の走り書きで落書きされたようなもの。落款はない。
掛け軸が納めてあるこれまた高そうな桐箱とともに覚書がそえてあって、古いということはわかるが草書の文字で何が書いてあるのはまったく読めなかった。

男は知り合いの伝手を手繰ってこれがどういうものなのか専門家に鑑定を依頼した。すると信じられないほど高価なものらしく、名前を言われてもまったくわからないが、作者、表具職人、桐箱職人、どれをとっても当時の当代きっての高名な人たちの手によるものだという。
国宝に迫るほどのもので、時価1000万は下らない。

鑑定者は、新たに鑑定書を作り男に「素晴らしいモノですから大切にしてください」といって手渡した。

どう考えても自分の家・先祖がこんな代物を持っているわけがない。祖父も父親も借金こそ残したが相続できるようなものは何もない。住んでいる家も借地だ。

いまさらどうしたところでこの掛け軸の出所など知りようもないし、男にとっては知りたいという興味もそそられない。
飾ってみようかと思っても、床の間もなければそれ相応の部屋もない。100円ショップから買ってきたフックを取り付け、一度玄関や居間の壁に掛けたことがあったが、ほんとうに高価なものなのかなんだかみすぼらしく、ただでさえ殺風景な家を余計貧しく感じさせたので外した。親戚が訪ねてきたり友達が遊びに来たりした時も皆まったく興味を示さず、むしろ「なんだこりゃ、カッコわるいから外せよ」と言われた。
無理もない。自分がそうだったとしても同じように言うだろう。

ただ、鑑定士と鑑定書が示す通り、1000万の価値はあるらしい。

男はその掛け軸を丁寧に梱包すると天袋の一番奥に仕舞って、その代わりに鑑定士が作った1000万の鑑定書を額装してテレビの脇のサイドボードの上に飾った。
こっちのほうが断然絵になり、なんだか優雅な気分だ。以来、親戚や友達も来る者全員が鑑定書に見入った。
鑑定者の手書きの文字は決して上手ではなく小学生のようなものだったが、1000万という文字に誰もが目を凝らした。

口々に「そうだったのか、もう一度見せてくれよ」「いや、実はなんだかそんな気がしてたよ」「オレは良いなっておもってたんだ」と言われても、男は出すの面倒だからといって天袋に仕舞い込んだまま出そうとはしなかった。

ある夜のこと、その夜も男はお気に入りの額装鑑定書に見入っていた。そして1000万を何に使おうかと思いを巡らせていた。

突然、台所の方から火の手が上がった。鍋の火をかけたままだったのか、ガス漏れなのか、漏電なのか、とにかく火の手は強く見る見るうちに燃え広がり家じゅうに黒煙が充満した。
男は取りも直さずすぐさま鑑定書を手に取り一階のベランダから表に飛び出した。
火の手はあっという間に家全体をのみ込んだ。もはや全焼だった。

業火の中で朽ち果てる我が家を前に、男はひとり言をつぶやいた。

「もともと大したものもないしな、でもよかった、この美しい鑑定書だけは持ち出せて・・・・」


翌日、新聞の片隅に小さく「ニセモノ鑑定士捕まる」という記事が載っていた。



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by greenwich-village | 2012-09-12 11:27 | グリニッチ・ヴィレッジ

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