2011年 07月 12日
いつも手遅れになって結局間に合わないのが“国”というもの / 帰れない二人
住民の皆さんの中には、いづれ帰れるだろう、一日でも早く帰りたい、と願う方が少なくないだろうが、これに関しては枝野官房長官さまよりも菅首相さまのほうが正直だろう。
「ただちに発言」もそうだが、「あれとこれとは直接リンクしない」という言い方も極めて枝野さまらしい表現で、仮に直接リンクはしなくても、蓋を開けたらやっぱり時間がかかるわなという意味合いも残る。
言葉のマジックというか、詐欺というか、方便というか。
だいいち、誰がどう考えても直接リンクしないわけがないでしょ、普通に考えれば。
敷地内にストロンチウムまでまき散らすくらいの福島原発と、その避難地域周辺住民のそこでの日常生活復帰がリンクしないなんて、どこをどうやったらそうなるんだろう。
水たまりを走り抜けた車が舗道に泥水を跳ね飛ばすのと、そこの横断歩道で信号を待っていた人の服が泥だらけになるのとは、直接にはリンクしない、だろうか。
とにかく連中は馬鹿なのだ。
何が馬鹿なのかといえば、国民をパニックにしないように、と思い上がっているのが馬鹿なのだ。
国民はその程度でしょ、と馬鹿にしているのが馬鹿なのだ。
迅速に伝えるべきことを伝えず、公表すべきことを公表せず、認めるべきことを認めず、指示勧告すべきことを指示勧告せず、詫びるべきことを詫びず、いまだに同じことを何度も繰り返していることが馬鹿なのだ。
馬鹿だから、何度も同じことを繰り返して、何度も同じ過ちに陥り、何度やっても同じ結果になる。
連中は職業柄、国家機密なり国家の建前なり損失なりを知っているだけで、そういう馬鹿を繰り返すことによっての特別の何かの方策があるわけではない。
多くの国民の関心や不安や要望は、連中が国民がパニックになるかもしれないと思うようなところにはない。
「国民がパニックにならないために」という言い回しで、連中が職業としてやるべき責任だとか使命だとかを国民のせいにして押し付けている。
「オレの話を聞け!オレにやらせろ!」と手を挙げて、国民に「やらせてあげるよ」と選んでもらって今の職業についているのに、国民を馬鹿にして国民のせいにするのは、馬鹿だ。
まさに、鹿を見て馬という連中だ。
「鹿と馬は、直接にはリンクしない」との認識を示す連中だ。
放射能が目の前の地域で、しかも一年以上数年ほど放ったらかしの状態で、家屋も道も水道管も電線もひん曲がったままで、廃炉の工程が進んだからと言って戻れるわけがない。
「数十年単位を目途に、帰れるかどうかを検討し、周辺住民の皆様には現実を受け入れていただけるよう善処したい」
そう言うための国家の補償ではないのか。
帰りたい方々はいるだろうが、帰りたくない方々もいるだろう。
帰りたい方々だけが帰ったところで、町として村として、前のように機能するだろうか。
帰れない、帰るにしても数十年、というならば、国は速やかに代替地を提示案内して、周辺住民に選択してもらうなり斡旋するなりしなければ、それこそ現実生活の生業としてパニックになる。
住み慣れた故郷を失い、帰ることができなくなった避難地域の原発周辺住民の皆さんには、心から気の毒な話だと思う。
数十年後、たとえ帰ることができても、もうそこでは以前のような生活はできない。
「はやく元の生活に戻れるように、なんとかしてほしい」
とおじいちゃんおばあちゃんは答えるが、
「はやく新しい生活がはじめられるように、なんとかしてほしい」
と切り替える以外にあるまい。周辺住民で新しい土地に新しい故郷を作るしかあるまい。
馬鹿につける薬がないように、いつも手遅れになって結局間に合わないのが“国”というもの。
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数十年かかる発言、枝野氏「廃炉と帰宅は別」
2011年7月11日(月)22時50分配信 読売新聞
枝野官房長官は11日の記者会見で、菅首相が東京電力福島第一原子力発電所事故の収束について「最終的には数十年単位の時間がかかる」と述べたことについて、「廃炉などにどれぐらいの年月が必要になるかということと、周辺の皆さんに迷惑をかけている状況をいつ平常に戻せるのかは直接にはリンクしない」との認識を示した。
その上で、「工程表の(来年1月中旬までに冷温停止状態にする)ステップ2まで進めば、どれぐらいの地域の方がどれぐらいの時期に元の生活に戻れるか示せるだろう」と述べた。
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