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ホームラン・ブギ

テレビで世界の国々を旅するような番組を見ていていつも強く感じることなのですが、

「今住んでいるこの家は1890年に建てられたんだ、修理したけどなかなかだろ」とか
「この時計はおじいさんの時代から動いてるのよ、ステキでしょ」とか
「この車は初期型だけどまだまだ現役だよ、乗ってみるかい」とか
「バルコニーから見える庭のあの大きな樹は曾おばあさんが植えたものなのよ、ほらあそこ」とか
「この店は第一次世界大戦以前からあるんだ、たいそう立派だった、これがその写真だよ」とか
「この画集は私の三歳の誕生日に父親のおじさんからプレゼントされたものだよ、背表紙はかなり傷んでしまったが中身はちゃんとしてる」とか
「これはおばあさんが子供のときから大切にしていたテディ・ベア、娘にこれを贈るの。」とか

ヨーロッパでもアメリカでもアジア圏でも南米でも、やたらに古いもの自慢をします。
世界遺産とか公共文化施設とかではなくて、
あくまで個人所有の、自分に関係するものでどれだけ古いのか、こんなに古いものを私は今でも大切に愛している、といったニュアンスです。

それは、自分と自分を育んだ自分たちの歴史に対する愛情と尊厳の表れなんだと思うのです。
どれだけ時代が変ろうが、古き良きものを忘れずに大切にして、今を生きている。
歴史を宝物として、歴史とともに生きている。
物理的なモノとして以上に、失われていないそのモノが伝える失われていない人の心。
古いもの自慢は、そういう自分たちの歴史自慢であるように見えるのです。
国が定めた文化遺産ではなくて、個人個人に備わっている伝統と誇り、尊重。

アンティークだとか金目になる大そうなものでなくとも、生活用品の類のものでも、それらのものは時間の流れと空気を醸し出しています。
新しい時代の新しいもの、たとえばパソコンやケータイが何十年もだったあとで、「これはじい様の時代からのケータイなんだ、いいだろ」といった感じになるかどうか。
ケータイ小説の作家が、もし沢山の作品を残せるような作家になったとして、そういうケータイ小説作家の全集もやはりケータイで閲覧するような類になるのでしょうか。
骨董収集家ではなくて、自分にまつわる古いもの自慢、そういう発言やニュアンスを日本ではあまり聞かなくなったような気がします。少なくとも、ボクのまわりではあまり聞きません。
高価な古いものを所有している、ではなくて、自分たちの歴史とそれを繋いできた古いものへの尊重、愛情。
たとえば、祖父母の、親の、形見といえばいいでしょう。
その個人的な歴史と歴史観を、個々人がそれぞれ大切に持ち続ければ、ひとつの大切な大きな歴史として“今を生きている歴史”になる。
人の心は繋がり、繋がっているから壊れることはなく、そうやってまた新しい時代が作られる。

ボクは昭和生まれ昭和育ちです。


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オリジナルは笠置シズ子。
どこかのプロ球団の応援でも大学・高校野球の応援でもいいから、この曲を使ったらいいのになぁ。

ホームラン・ブギ    うめ吉



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by greenwich-village | 2009-11-16 00:03 | その他

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