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バグパイプ


「バグパイプ」     ウィキペディアより





グレート・ハイランド・バグパイプの演奏者

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バグパイプ(bagpipe/bagpipes[1] もしくはバッグパイプ)は、リード式の民族楽器で、簧(リード)の取り付けられた数本の音管(パイプ pipe)を留気袋(バッグ bag)に繋ぎ、溜めた空気を押し出す事でリードを振動させて音を出すものである。バグパイプの発声原理は有簧木管楽器と同じであり、一種の気鳴楽器ではあるが、必ずしも一般的な意味での「吹奏楽器」ではない。

送気方式として、人の呼気を用いるものと、鞴(ふいご)を使うものとがあるが、いずれも留気袋の押圧で音管に送る空気の量を調節し、区切りなく音を出し続けることができる。旋律を演奏する主唱管(チャンター chanter)の他に、しばしば一本ないし数本の通奏管(ドローン drone)が付き、同時に鳴奏される。

日本ではスコットランドのものが有名であるが、この他にも独自のバグパイプがアイルランド、スペイン、ポーランド、トルコ、バルカン半島といった広い範囲に存在している。スコットランドの代表的なバグパイプである「グレート・ハイランド・バグパイプ」は、アイルランドや、スコットランド移民の多い北米やオーストラリア、ニュージーランドでも盛んに演奏される。また、インドを始めとする旧イギリス帝国植民地諸国では、軍事パレードで旧宗主国由来のバグパイプによる軍楽隊が使われることがある。

楽器の起源は定かではないが、古くはローマ時代にまで遡ると考えられている。

2008年10月12-19日には、「パイプフェストジャパン」として毎年世界各国で開催されているパイプフェストが関西を拠点として開催された。

2015年、スロバキアのバグパイプ文化がユネスコの無形文化遺産に登録された[2]。


ガイダ(Гайда) ブルガリアのバグパイプ
ドゥダ(Duda) ハンガリーのバグパイプ
グレート・ハイランド・バグパイプ(Great Highland Bagpipe)
スコッティシュ・スモール・パイプ
イリアン・パイプス(Uilleann pipes/Píb Uilleann) ‑ アイルランドの鞴式バグパイプ
ノーサンブリアン・スモールパイプ(Northumbrian smallpipe) ‑ 鞴式
ビニュー/ビニュウ/ビニウ(Biniou) ‑ ブルターニュ地方のバグパイプ
ボーダー・パイプ / ローランド・パイプ ‑ スコットランド低地地方のバグパイプ
ガイタ(Gaita) / ガイタ・ガジェーガ(Gaita Gallega) / ガイタ・ガレーガ(Gaita Galega) ‑ スペイン・ガリシア地方のバグパイプ
ドゥディ (Dudy) ‐ ポーランド・ヴィエルコポルスカ地方とポーランド・ルブシュ地方の古い型のバグパイプ
コジョウ (Kozioł) ‐ ポーランド・シレジア地方とポーランド・ベスキド地方の古い型のバグパイプ
ガイディ (Gajdy) ‐ ポーランド・ベスキド地方のバグパイプ(「ガイタ」(Gaita)という地中海周辺のイスラム教徒に共通する型が中世後期にオスマン帝国との交易により新しく伝わったもの)
コザあるいはコプザ (Koza/Kobza) ‐ ポーランド・ポドハレ地方の古い型のバグパイプ
シェルシェンキ (Sierszenki) ‐ ポーランド・ヴィエルコポルスカ地方の古い型のバグパイプ
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by greenwich-village | 2016-01-31 23:58 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

未来について


未来について。


決して良し悪しではない。森羅の臨機、万象の変化である。

あくまで冷静に吟味すれば、“それ”は素材だと理解できる。
理解できるものはすべて、“それ”をそれとして理解させるいくつかの素材によって成立する。

理解できるものは、過去の素材の集積に還元できる。
いくつかの過去の投影であるから、“それ”は理解できる。

“それ”を理解できないとき、片方の側面では本来的な危機を感じ、もう片方の側面では直感的な未来を感じる。

理解できないもの、理解できないからそれは危機である。
理解できないもの、理解できないからこそ未来である。
理解できれば、それは危機でもなく、未来でもない。

未来とはいつも現状の危機であり、危機の先に未来がある。
過去の集積が意味をなさないところに、未来がある。
だから未来は、感じることは出来ても、示すことは出来ない。

ある時点で、その時点に到達した結果が、“今”と呼ばれる。   
未来はいつも、名づけようもなく、把握しようもない。

公であれ私であれ、得も言われぬ危機感と共に未来はある。
それを良しとするか悪しとするかは、過去の素材の集積に過ぎない。
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by greenwich-village | 2016-01-31 03:00 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

「名前のない乗り物」

「名前のない乗り物」


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by greenwich-village | 2016-01-31 01:48 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)
小雨の寒い曇り空。
ひとまずコーヒーでも飲んで寛いで下さい。

カーティスクリークバンド



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小雨の寒い曇り空。
ひとまず紅茶でも飲んで一休みして下さい。

ヒューバート・ロウズ



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小雨の寒い曇り空。
ひとまずココアでも飲んで温まって下さい。

ボビー・ハンフリー



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by greenwich-village | 2016-01-29 10:14 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)
ヴァル・サン・ランベール リキュール・グラス


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by greenwich-village | 2016-01-29 00:24 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)
グリニッチ・ヴィレッジ・ロフト・ショップ


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by greenwich-village | 2016-01-29 00:22 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

ウンゲ


赤ちゃんが発するまったく意味不明な言葉を「喃語」といいますが、言葉というか声というか、発声といったほうがいいかもしれません。つまり泣き声のひとつで、それにはそれで何かを欲する要求があるわけですが、「この泣き方はこれだな」と、オムツなりオッパイなりダッコなり、最近なんとなく分けがつくようになってきました。

いろんな発声、その喃語の中で耳に残る響きが「ウンゲ~」というもの。ウンゲ~ウンゲ~と泣くのがやたら耳に残って、「どうしたの、ウンゲちゃん」なんて呼んでみたりして。

音楽をやってきたものとしてこれは非常に興味深いのです。
言葉という道具を使えるようになる以前に、誰に教わることもなく意思表示として発する響きが「ウンゲ」。
試しに検索してみると、乳児の喃語で「ウンゲ」がダントツの1位。大変多くの人たちが、赤ちゃんのウンゲ話だけで相当数。

「ウンゲ」って乳児に共通する発声だということに驚き。
くだらないことをアカデミックに考えると、「ウンゲ」という響き・発声は人間の共通原型なのかと。
もう理屈も知性も経験も知恵も一切関係なく、みんな「ウンゲ」。
音楽の基調・楽器の調律に使う「音叉」オンサというものがありますが、それと同じではないかと、「ウンゲ」。人間の基調。

音楽だとか言葉だとか、詩だとか台詞だとか、言語だとか芸術だとか以前に、我々はみんな「ウンゲ」だったわけです。
ウンゲで充分完全だったのが、成長とともに不完全になっていく中で、こうやって言葉や理屈という道具を一生懸命振り回しでいる姿は、愛おしいながら滑稽にも思えます。

ウンゲ、いいですね。「ウンゲ・バンド」とか「ジャズ喫茶ウンゲ」とか「株式会社ウンゲ商事」とか「ウンゲ製作所」とか「FMウンゲ」とか「月刊ウンゲ・マガジン」とか「小児科ウンゲクリニック」とか・・・・まぁとにかく「ウンゲ」。
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by greenwich-village | 2016-01-23 00:34 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)
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「セ・シ・ボン」(なんて素敵なこと)

こんな可愛いコが世の中にいたなんて
ぼくは全く首ったけさ 人生が変わったよ
ぼくは叫ぶ オー  ぼくは叫ぶ アー

セ・シ・ボン なんて素敵だ 歩こうよ あてどなく
手と手を からませながら シャンソンを 歌って
セシボン 交し合う 言葉は意味もないことだけど
ぼくらは 幸せさ

ぼくらをみれば 街の誰もがうらやむよ
セ・シ・ボン なんて素敵なこと 君の瞳に希望を見るのは
とてもすてきだ セ・シ・ボン 
こんな感じはなにものにも代えられない とてもとても素敵だ

セ・シ・ボン 仲たがいをしても ふとしたことでやり直せる
セ・シ・ボン ピアノを弾こう 鍵盤をたたこう 二人で踊ろう

信じられない 君がそんなにぼくを愛してたとは
セ・シ・ボン ぼくが君を抱きしめると
きみからは伝わってくる 愛していますと
セ・シ・ボン 愛し合うのに理屈はいらない
すてきなことなんだから すばらしいのだから
すてきなのだから  セ・シ・ボン



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by greenwich-village | 2016-01-22 11:28 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

若者よ、もっと暗くあれ

イーグルスが70年代アメリカのビートルズなら、60年代はやっぱりビーチボーイズだな。もちろん同年代だから、アメリカのビートルズって言い方は違うけど。

60年代後半から、つまりロックンロールが“ロール”を失ってROCKに変貌していく中で、POP音楽はとても暗いものになっていく。
ROCKは暗い音楽で、暗く陰鬱なければROCKではないという具合だ。
そのROCKが若者たちに絶大なる人気を博したのだから、若者の心理・POP文化はとうの昔から暗く陰鬱なものだったわけだ。
今も昔も、暗くなければPOPな若者・青年ではないといったところだ。
青春とは、青年の主張ほど明るく健全ではないことは、多くの誰しもが経験承知していることだろう。
それでいい、だからこそバランスが取れる。青春がただのっぺりと明るかったら、それ以降の人生は薄暗くなりお先真っ暗だ。それ以降の人生は、年を取り、体力が落ち、老化し、覇気が失われ、病になり、気ままに過ごせず、背負い込むもの守るべきものが増え、心配苦労を重ね、にっちもさっちも行かなくなる。人生の時間が少なくなる。
唯一あるのは、もう開き直るしかない「明るさ」だけだ。年寄り老人は、開き直っているから明るい人が多い。年を取ればとるほど、いちいち気にしている時間はなくなり、もう明るさ以外にないのだ。
暗い老人は、きっと青春時代は明るかったんだろう。若い頃に節操なく明るさを使い切ってしまったのだろう。年を取るたび年々暗くなっていくのはしかたない。
ROCKも青春も暗い。暗いからROCKで青春だ。わざわざネクラなんて言葉を使う必要はない。暗そうでまったく暗くないのは、カラオケ・ミュージックだ。暗いメロディで暗い歌詞を歌っても、まったく暗くない。カラオケ用の音楽なのだから。

ロックがまだロールしていた頃の、屈託ない明るさ。
青春の暗さには向かない。明るさしかない年寄りのために。







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by greenwich-village | 2016-01-20 00:56 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)
スマップ話題でネットもテレビも大騒ぎ。ファンにしてみれば解散しないでよかったね。


まぁ、単なる芸能人と事務所の生業の話。
個人的には解散していれば面白くなりそうだったのにと思うんだが、どっちにしても、自分の生活にとってはそれほど興味関心はない。


スマップ騒ぎは仰々しくも、大切なことは報道しないテレビ、マスコミ関係者の畢竟さにあきれる。偏差値教育でセンスも心理もみんなそんな程度。
大事なこと、大切なこと、重要なこと、危険なこと、やばいこと、真相、本当のことは、報道しない。
マスコミ送り手とお茶の間受け手の愚かさのスパイラルで、ますます劣化する。


国会質疑でわざわざ「スマップ」。オリンピックの公認サポーターか何かだそうで、質問するほうもするほう、答えるほうも答えるほう。
国会でスマップ質疑って・・・・・・・・、吐き気がする。


野党もまだまだぜんぜんだけど、現政権・現内閣・自民党、とにかく何とかならないものか・・・・・・・・・。


おおさか維新・橋本は、国政じゃなくて、大阪のことだけやってろよ、いい迷惑だ。
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by greenwich-village | 2016-01-19 12:38 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

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by グリニッチ・ヴィレッジ