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震災時、静岡でマスコミあたりに接待されていた清水社長が、急ぎ東京本社に向かうために、自衛隊のヘリコプターを使わせてくれ、と国に申し出たそうだ。大臣の見解で却下されたそうだ。
そんな連絡ができると言うのは、もともと東電と国とはそういう関係で、また、清水社長のオツムがそういうふうになっているということだ。

もうウザすぎるACの宣伝、ACの理事幹部は東電からの人だそうで、国と東電とマスコミ、三位一体の攻撃では、素直な国民は洗脳・疲弊・奴隷化するしか道はない。

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東京電力会長、清水社長、ほか幹部の役員報酬を半額にして事故復旧・補償にあてるという話があるが、やはりさすがの東電。性の根、本性は何もまったく変わらない。
家も建てられないような半分の1000万程度ではなくて、役員報酬も給与も全員全額にしてもまだ足りない。
社長の土下座行脚などただのパフォーマンスで、腹の中ではその程度だ。

足りないのはお国に何とかしてくださいとしがみつく。
しがみつくのはいいけれど、無い袖はすっからかんではなくて、幹部たちそれぞれの懐にはちゃんと大枚がうなっている。

赤坂あたりの超高級マンションでお取り寄せのご馳走を食しながら、彼らと彼らの奥方様、お嬢様、お坊ちゃま、お犬様おネコ様は、テレビニュースの原発事故映像を見ているのだ。が、興味がないご家族はすぐにバラエティ番組かテレビショッピングにチャンネルを変える。

お坊ちゃまは夜な夜なクラブに出入りしDJゴッコ、お嬢様は高級ホテルで逢引、奥様はもっと高級ホテルで不倫、お犬おネコ様は青山ケンネルか。
社長は事態のすきをぬって、ハワイあたりにゴルフに行きたくてしかたない。

連中に、謝罪の気持ちは一切ない。



全国の皆さん、おわかりですか。

こういうのが、勝手な「風評被害」というものです。

「逆・風評被害」をしましょうか。
東電も国も、風評被害や30キロ近くの自治体に対しての補償はないんですものね。


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“原発失業者”も雇用主が救済?雇用保険の財源問題が浮上
(ダイヤモンドオンライン 2011年4月26日配信掲載)


福島原子力発電所の事故は自然災害ではなく“人災”の様相を帯びている。避難者を救うのは誰か  
緊急雇用対策の財源をめぐって、ひと悶着ありそうだ。
雇用保険制度の下で実施されている二つの措置──失業給付と雇用調整助成金──の財源問題が浮上しつつあるのだ。

失業給付は、雇用保険の被保険者が失業中の生活を心配することなく再就職先を探せるよう支給される。
後者の雇用調整助成金は、労働者の失業予防を目的としており、景気変動により企業損益が悪化した際に、事業主が労働者に支払う休業手当や賃金の一部を国が助成する。

震災直後に、厚生労働省内では、ある議論が持ち上がっている。
福島原子力発電所事故の被害者(労働者、企業)の救済方法について、矛盾を指摘する声があるのだ。
震災による直接的被害を受けた労働者、企業に対して、失業給付、雇用調整助成金が支払われるのは慣例だが、

「“人災”の様相を帯びてきた原発事故を理由に、政府の指示によって、退避させられた労働者、企業を、なぜ従来の雇用保険制度で救済しなければならないのか」(厚労省幹部)

という声が上がったのだ。
もっといえば、

政府の指示で生じた失業補償なのだから、国庫負担とすべきではないのか

という主張である。

失業給付(今年度予算では約1.4兆円)の財源は、全体の13.75%は国庫負担、それ以外のほとんどは、労使折半の保険料である。
雇用調整助成金の財源は事業主負担の保険料だ(一部は労使折半の保険料で補填)。
おおまかにいえば、失業給付は労働者と企業が負担し、雇用調整助成金は企業が負担している。

原発事故の責任をなぜ、労働者や企業が背負わなければいけないのか、

という問題提起がなされるのもうなずける。

現在、失業給付については、わずかながら財源に「国庫」が組み込まれていることを根拠に、国も面倒を見ているという発想から、原発事故の避難者にも幅広く支給され続けている。
一方の雇用調整助成金の受給要件である「経済上の理由」には、

国の政策により休業させられている事例は含まれていないため、今のところ福島の避難対象区域の企業には、雇用調整助成金は支払われていない。 

再び、財源問題が浮上するのは必至だ。
政府は、

夏場に最大使用電力の“使用制限令”を発動する予定で、休業に追い込まれる企業が続出し、失業者が溢れる

ことが確実視されている。
だが、

雇用調整助成金の受給要件である「経済上の理由」に国の政策による休業は含まれない

雇用保険制度の下で、円滑な企業支援策を打つことは財源問題が解消されない以上不可能であり、雇用の受け皿消失が失業給付金額の増大を招くという悪循環に陥る。
たとえば、原子力損害賠償制度、エネルギー対策特別会計、(既存とは別の)特別雇用調整助成金の新設といった手段で、失業者を救済する包括的な仕組みが必要となろう。
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by greenwich-village | 2011-04-29 10:43 | グリニッチ・ヴィレッジ
昨日、ラジオの投稿で一般のリスナーのある方が、ひとつの例として素晴らしい発想・提案をしていたのを聞いた。

農作物に関して、たしかに健康には害のない程度の若干の放射レベルが認められる土壌に関して。

きちんと放射レベルを計測して、まちがいなく安全な作物を出荷販売しているが、それでも消費者全体には風評があってなかなか前のようには売れない。
「美味しいし、汚染検査も大丈夫、それにこんなに安い」
首都圏を中心に買ってくださる個人・販売してくれる企業の方々には感謝しながら、それでも実際現実としては今後も厳しい道のりが続く。

そこで、そのリスナーの方の投稿では、

健康に被害のないレベルの土壌で、トウモロコシやその系統の作物を作って、国や東電が出資して精製プラントを作って、そこで「バイオ燃料」を作って、100%東電に買い上げてもらう。
東電はバイオ燃料を使って火力発電所を稼動させる。農作物に関して、たとえばそんな可能性もあると思います。

というような内容だった。

非常に素晴らしい発想で、この現状で可能な限り建設的な前向きな考え方だと思った。
そしてそれは、実際現実的に有効で、ひとつの新しいサイクルが作られ、農作物もエネルギーも互いに回せるものになると思える。

これは一例・発想なので、科学的に植物・農作物がどれだけ有効なバイオ燃料になるか、トウモロコシはそのあたりの気候で育つのか、トウモロコシ時季以外にも他に燃料になるような作物はあるのか、など、具体的には解決すべき問題もあるだろうが、そういう新しい角度からの発想が必要なのは間違いない。
精製プラント程度ならば、さほどの予算もかからない。
農家の方々が、いままで通りの作物を作りたかったりするならば仕方ない。農家の方々も畑・田んぼを止めるしかないかも知れない。

原発事故前と事故後の世界は、もうあきらかに別の世界になったのだ。
いままで通りのものを返せ、といってももういままで通りには戻らない。
戻らないものを考えて時間を費やすよりも、東電と国からの補償を得て、そこなりの新しい農業のあり方を模索する方が、現実的に有効だ。

農作物は何も人間が食べるためだけに作る必要はない。家畜の肥料としても作られているわけだから、今度は、大切なエネルギー資源として作るというのは、今回の件で余儀ない選択で本来の意に反するかもしれないが、実現すれば多くの人たちに喜ばれ必要不可欠な農作物になる。

人が食べても健康被害はないが、あのようなことが起きてのブランドは風評として圧し掛かり続ける。
ならば、食べる必要のない作物を作るのだ。

この発想を展開して科学的に研究開発していけば、家畜類も、食べたり搾乳したり卵をとったりする以外にも、エネルギー資源としてバイオ燃料化できるかもしれないし、魚・海産物に関しても同じことが出来るかもしれない。
魚ももともと、魚醤油とかネリモノのかまぼこなど加工食品にしていたわけだし、その昔はクジラの油は灯油だったわけだから、人体に影響のないレベルでも風評によって売れない海産物も精製しだいではバイオ燃料になるかもしれない。


まだ現実性は遠いが、考え方の一例としてこういう発想で、すべての産業がつながってお互いに回っていく形が、原発事故後の世界での新しく始めるために必要な価値ではないかと考える。

有機=オーガニック。

無農薬と自然回帰とかという意味ではなくて、
“機が有る”、
つまり“どれも必要不可欠につながっていて支えあっている”という意味。


原子力発電に関しては、関係下請け会社を含めても、閉ざされたサイクル。
その経済・生業もエネルギーも企業も科学的応用も行政も、およそ関係するすべてが、ただ原子力発電だけにとどまって、電力供給さえ不確かにくわえ、どこの社会・コミュニティーともつながっていない。
廃棄物を自然界に帰すこともできない。
まさに、東電・メーカー・科学者・行政・関係企業をはじめ、原発村の住人たちだけで運営されていた。


被害地域の農業・漁業のみなさんの怒りは当然の怒りとして、けれど怒りではメシが食べられない。
国もギャラを払って有識者・知識人と呼ばれる人を集めて諮問機関・対策委員会など作っているなら、
リフォームや建て増しではなくて、根底からの新築・新しく立て直さなければあまり意味がないだろう。
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by greenwich-village | 2011-04-27 12:23 | グリニッチ・ヴィレッジ
放射能拡散情報公表が遅れた背景に「政府の初動ミス隠し」
 

政府には、原発事故発生の際に稼働する「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(通称“SPEEDI”)」がある。

SPEEDIには、全国の原子力施設の炉型や周辺地形などがデータとして組み込まれている。
原発事故が発生して放射性物質が放出されると、気象庁のアメダスと連動して、風向や風速、気温などから放射性物質の拡散を計算して図形化し、最大79時間後までの飛散を予測する能力を持つ。

SPEEDIは事故直後の3月11日17時から動き始めたものの、最初に拡散予測図が公表されたのは3月23日、その後4月11日に2枚目が公表されたにとどまっている。
その背景を追跡してみた。

東京電力は地震発生翌日の3月12日に1号機と3号機で炉内の圧力を下げるために放射能を帯びた水蒸気などを建屋外に放出する「ベント」に踏み切り、13日には2号機でも実施。
さらに、15日にはフィルターを通さない緊急措置である「ドライベント」も行なった。

このタイミングで大量の放射性物質が飛散したことは間違いない。
それはモニタリングのデータもはっきり示している。
 
だが、枝野幸男・官房長官は1号機のベント後に、

「放出はただちに健康に影響を及ぼすものではない」(12日)

と発言し、20km圏のみの避難指示を変更しなかった。
センターの証言によれば、枝野氏はSPEEDIのデータを知っていたはずだ

SPEEDIを担当する文科省科学技術・学術政策局内部から重大証言を得た。

「官邸幹部から、SPEEDI情報は公表するなと命じられていた。さらに、2号機でベントが行なわれた翌日(16日)には、官邸の指示でSPEEDIの担当が文科省から内閣府の原子力安全委に移された」
名指しされた官邸幹部は「そうした事実はない」と大慌てで否定したが、政府が“口止め”した疑いは強い。なぜなら関連自治体も同様に証言するからだ。

システム通り、福島県庁にもSPEEDIの試算図は当初から送られていたが、県は周辺市町村や県民に警報を出していない。
その理由を福島県災害対策本部原子力班はこう説明した。

「原子力安全委が公表するかどうか判断するので、県が勝手に公表してはならないと釘を刺されました」

 

福島県は、玄葉光一郎・国家戦略相や渡部恒三・民主党最高顧問という菅政権幹部の地元だ。
玄葉氏は原子力行政を推進する立場の科学技術政策担当相を兼務しており、渡部氏は自民党時代に福島への原発誘致に関わった政治家である。

この経緯は、国会で徹底的に解明されなければならない。

「政府が情報を隠して国民を被曝させた」

とすれば、チェルノブイリ事故を隠して大量の被曝者を出した旧ソビエト政府と全く同じ歴史的大罪である。

しかも、その後も「安全だ」と言い続けた経緯を考えると、その動機は「政府の初動ミスを隠すため」だったと考えるのが妥当だろう。


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福島第一原子力発電所に捧げるラブソング
groovykindoffunkyviberation




原発20キロ圏内及び避難地区に捧げるレクイエム
inner echo





高レベル低レベル放射能環境汚染に捧げるブルース
slow boat

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by greenwich-village | 2011-04-26 11:10 | グリニッチ・ヴィレッジ
おそらく、
村上龍あたりの新作小説は、きっと今回の一連の騒動をモチーフにして、いままさに出筆中ではなかろうか、夏あたりまでにタイムリーに間に合うように。
今後ミュージシャンたちも何らかの形で、癒し系でもメッセージ性でも励ましソングでも、今回の騒動に関する曲を作る人も出てくるだろう。

創作活動には近年これ以上ないテーマ・モチーフになるわけだが、願わくば、そんな陳腐なものは作らないで欲しい。
創作は現実に先行しない。
小説であれ、音楽であれ、触れれば触れるほど陳腐になる。今回のことに関して、ドキュメントならいざ知らず、創作はどう転んでも何のインパクトも持ちようがない。

津波にあった方々はもちろんだが、避難時、音楽も書籍もDVDも一切もっていくことはなく(それは邪魔な荷物だ)、すべての創造は精神・感情に肉薄しても超えることはない平時の娯楽、という絶対的な現実を目の当たりにした。

すべては、衣食住たりてのエンターテイメント。

それが芸術性が高かろうが、俗悪な俗謡であろうが、命の目の前ではまったく無意味だ。
高尚も劣等もない。
大切なのは、いまあること、生きていること、ここにいること、それだけだ。

今回の件は、エンターテイメントにはならない、しようもない。すれば陳腐になるだけだ。
いまだに避難所に身を寄せる方々が、今回の日々の自身の身の上を語るにはまだまだ時間がかかるし、身をおかずしての創造は空しい空虚なものになる。

小説家もミュージシャンも、そのあたりを心して創造していったほうがいい。
恋愛小説やラブソングでいい。
小説ならストーリー、音楽ならメロディ、映画なら映像、それがどうかなだけ。
肉体的危機の前では、精神性はガソリン不足で走りようもなかった車のように何の役にも立たない。


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さて、

いわき市平白銀のバー&キッチン「ルイジアナ」は原発以上に恐怖の腰痛を抱えたマスターKくんが連日営業中。
マスターKくんのご案内で、本日のテーマソングはこちら「原発賛成音頭」。

キヨシローはRCの時に出した「カヴァーズ」の“サマータイム・ブルース”で原発を取り上げていたが、そのアルバムは発売禁止の憂き目にあった。

作詞の言葉とか反原発の内容が触れたのではない。
単純にもっと大人の理由だ。

人気絶頂の当時RCの所属レコード会社は東芝EMI。
東芝EMIの親会社はもちろん、東芝。
もう、おわかりでしょう。
東芝は原子力事業に参加していて、今回の福島原発の原子炉も作っている。
そういうことだ。

今回の一連の話のように、裏で密通暗躍している。

それで後年、その怒りを密かに胸にしまっていたキヨシローは「原発賛成音頭」を作る。
しかもわざわざ、音頭にしてだ、笑。

♪~これなら問題ないだろう、の下りはそういう背景がある。

タイマーズのこのコスチュームも、まさに日本人の精神性を皮肉って具現化したように思われる。
(年寄りばかりではなくて、若者たちも含めての精神性だ)


復興復旧も見えない津波・震災で避難している地元をはじめ東北各地の皆さんへのCMやミュージシャンたちタレントたちの“がんばれソング”もいいのですが、こちら手のつけられない原子力爆弾を抱えて日夜過ごしている者としては、がんばりようもない現実もありまして。

原子力というのは、
サーカスの猛獣使いが、長い間飼いならしていたはずのライオンに突如野生が蘇って、いきなり首を噛み切られた、そんな状態ですな。

原発賛成音頭   タイマーズ


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by greenwich-village | 2011-04-25 12:15 | グリニッチ・ヴィレッジ
今の騒ぎにメドがつけば、東電会長以下幹部・管理者などは辞職するらしいが、それでお役御免の手打ちにしたいといったところだろう。
私は一線を退きましたので後は以降の方々にお任せいたしました、という話だ。

政治家もそんなところで、菅さんがどうした枝野さんがどうした、というのは現状まだまだあるわけだが、彼らの政治家生命は原発解体作業や放射能半減期よりも短い。選挙次第で、代議士などただの人になる。別の総理大臣になる。
そうなると、善処はいたしますが私は当時の担当ではなかったので・・・・ということになる。

官僚構造のすべてはもともとそういうものだから、官僚に関しても言うまでもない。

何度も書いているが、いままで長い間の「自由民主党」の原子力政策の延長上に今回の事故があるが、自由民主党は現状の決議などに子供じみた野党としての反対意見こそ得意顔だが、党として、今まで東電と官僚と一緒になって推し進めてきた原子力政策に関しては、一切コメントもなければ国民へ対しての謝罪もない。

責任に関して、私は担当を外れたからとかもう退職したからとか、そういう類のものが、東電にも政治家にも官僚にも共通して蔓延している。
あたかもカードゲームのババ抜きのように、悪いタイミングで代表になった、首相になった、事務次官になった、あくまでそんなタイムリーな「タイミング」の話で「責任」を押し付けあっている。

人間の寿命を80年足らずとして、自分のその間のピーク時に事なければいい、原子力であれ放射能であれとりあえずは安全と言って故障事故が起きなければ、自分がいる間だけはイイ思いが出来る、その程度の「責任」だ。

清水社長は罵声を貰い土下座するけれど、以前の東電幹部は知らぬ存ぜぬ。菅さんは文句を貰うが自由民主党は知らんぷり。会見する官僚は詰め寄られるが歴代の官僚幹部は天下り先でそんな新聞に目を通すだけ。

今の責任者たちも当然だが、歴代の責任者たちにも「原罪」がある。
いままで事故がなかっただけで、原子炉・建屋・原発敷地内で管理行われていたことや核分裂にともなく放射能や核廃棄物の処理・保管・廃棄は、かつての担当者たちによって同じように行われていたのだから。

一般に使われる「責任」という言葉の意味はただの慣用句でしかなくてまったくの「無責任」だ。
責任があるように見せる無責任、それが責任と言われる意味だ。


システムがある。そのシステムの中で担当者は数年単位で変わっていく。そんなところのどこに本来の意味どうりの「責任」が見つけられるだろう。
次の社長、次の首相、次の大臣、次の事務次官、その役職についた人たちには役職としての責任はあっても、今現状の出来事に対する現職、のような責任は希薄になるのはもちろんだ。かつての責任者がそうであるように。

システム内では、責任の所在が見つからない。
社長は責任者だが、システムにある社長などすぐに挿げ替えられる。心機一転われわれは新しい東電を目指しますキャンペーン、などし始めるのがオチだ。

原罪。

いままでの歴代の東電、歴代の自由民主党、歴代の官僚、いまの責任者、そういう人たちにはとりあえず程度の責任らしい責任をとった後でも、彼らが死ぬまで「拭い去れない原罪」がある。

いづれ、これで責任は果たした、などと思ってもいいが(そう思うだろうが)、法で裁くような類の罪ではない呵責は、環境汚染や被爆のように抜けない。
キチガイでもなければ自分を誤魔化しようはない(責任者というキチガイなのかもしれないが)。


責任とはなにか。

それを生業にして、まかりなりにも「プロフェッショナル」という意識と誇りがあるなら、プロフェッショナル=責任を取りたい人、だ。

プロとは、自ら進んで自分の責任を取る人。取りたがる人。その責任は、命ある限り生涯継続する責任。責任を誰か他所に回すのではなく、責任だけは他の誰のものでもなく自分のものという生き方、それがプロフェッショナルだ。

アマチュアには責任はない。

ただ楽しめばいいだけだ。
ただうまくやってスリぬけて、生業稼いで、他人よりもマシな人生を謳歌して、我が人生に一遍の悔いはなし、などと悦に入る、それがアマチュアだ。

アマチュアには、意識も誇りもある必要はない。

プロフェッショナルには、自己満足も逃避も転嫁も言い訳も退職もない。
あるのは、ことの責任だけだ。


つまり、

アマチュアの電力会社と、アマチュアの原子力科学者と、アマチュアの政治家と、アマチュアの官僚が、アマチュアの国家を作ってきた、ということだ。

アマチュアだから、歴代からいままで、「責任」という言葉の意味での「無責任」でいられる。
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by greenwich-village | 2011-04-24 11:03 | グリニッチ・ヴィレッジ
ことさら、「省エネ」なんて叫ばなくてもいい。


うちの店にはエアコンがなくて、冬は石油ファンヒーター設定温度11度、夏は扇風機一台だけで、お客様の皆様にはずいぶんと暑さ寒さを感じさせていました。

老若男女、それでもけっこう数「大丈夫ですよ、うちでもエアコン使っていませんから、扇風機ですよ、エアコン嫌いなんです」という方々がおりました。

エアコンはつまり冷蔵庫で、今のように高気密・高断熱の住宅やオフィスだと冷凍庫ほどの勢いになりますね。
ちなみに、私個人は昔、ヒートアイランドなどとなんでも横文字化されている当世の東京生活を、密集した風通りの悪い部屋で扇風機ひとつで暮らしていましたが、熱中症などかかったことがありませんでした。

みんながエアコンを使うから夏の陽気以上に外気が熱くなる。
みんなで「せーの」でエアコンを止めれば確実に下がるでしょう。

ある世代から上、もちろん若い世代でも原風景として知っているかもしれませんが、エアコンがなくても夏は過ごせていた。

暑い夏をどうやって涼しく過ごすか、というのは高温多湿の日本の昔から、日本人の賢い知恵として育まれて、それが日本文化になった。

挙げればキリがないのでしませんが、生活の中で“涼”を求める知恵は無数にありました。
みんながみんな、日本中がそうしていたので、夏の陽気以上の電気的な暑さなどなかった。
つまり、懸念される温暖化などもささやかれなかった。

暑い時は暑いように、寒い時は寒いように、それを避ける知恵、電気仕掛けで解消するようなものではない賢さが日本文化にはちゃんとあった。

そういう意味で、

バブル以降、日本人はつるべ落としのように馬鹿になった、愚かになった、知恵を文化をなくした。

電気仕掛けの工場が稼動することで、職人がいなくなった。
テレビが夜中まで放送される中で、芸人がいなくなった。
社会が至るところで電気仕掛けになることで、さまざまな職業・業種が失われていった。

夏の暑さから逃れる知恵も同じです。
電力会社と家電メーカーと所得増大など、そういう中でエアコンに取って代わられ、文化が失われた。


個人も事業所も企業も、日本中みんなが、「せーの」でもう一度スイッチを切り替えて、価値観のシフトを変えていけば、電力不足など原子力に頼る必要はなくなる。

日本中がそうなれば、それが「新しい時代」になる。
ゆっくりと落ち着いた暮らしを、安心して楽しめる国になる。

不便さは不便さではなくて、美であったり、風情風流であったり、粋であったり、そういう意識や価値観が電力不足を解消する。

セーターを着てエアコン部屋にいる、なんて野暮ったい矛盾

はもうお終いにしましょうや。


ことさら、「省エネ」なんて叫ばなくてもいい。
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by greenwich-village | 2011-04-21 10:47 | グリニッチ・ヴィレッジ
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朝日新聞調査での56%の皆さん、いつか次に放射能被災するのは、アナタたちの番ですよ。
民主主義の下に暮らす私は、決して、脅したり脅かせたり怒ったりしているわけではありません。

新しいエネルギー開発研究を望もうとしない56%のアナタたちの現状の電力効果の即効的有効性と引き換えに、56%のアナタたちそれぞれが、それぞれ愛情を注ぐそれぞれの物事・人・事象すべて一切が、56%のアナタたちが望む放射能に汚染されるのです。

多少のごく微量の放射能物質が混じった雨は、日本各地に降ります。
福島原発以外の現状の使用済み核燃料の処理さえままならないままで、何十年も保管した後、それでもなお、地中深い場所にしか格納・放棄するしかないようなエネルギー物質です。

高レベル放射能を放出する核燃料のゴミをどうするかさえ国も電力会社もまったく見当がつかないまま、原子力発電は行われています。
56%の皆さんも、おそらく単なる無知か「それはそれとして・・・」とお考えなのでしょう。

けれどその現実だけは、どうぞ、お忘れなく。

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原発「増やす」「現状程度」で56% 朝日世論調査は意外な結果?


福島第1原子力発電所の事故処理が長期化し、国民はいらだちを募らせている。
主要紙の世論調査では、政府の対応に不満が高まっている様子が浮き彫りとなった。

一方で、これほど大規模な原発事故にもかかわらず「原発やむを得ず」と考える人が一定数いることも明らかになった。

首相の原発事故の対応70%「評価しない」

菅直人首相の原発事故の対応について、国民の目は厳しい。
日本経済新聞2011年4月18日付の世論調査によると、70%が「評価しない」と回答、事故の情報開示について「適切とは思わない」と答えた人が71%に上った。

福島第1原発の事故の深刻化で、国の原発政策そのものに疑問の声が高まっている。
朝日新聞が4月18日に掲載した世論調査結果では、他の原発で大きな事故が起きる不安について、「大いに感じる」「ある程度感じる」を合わせると88%に上った。
さらに原子力発電を今後どうすればよいか、との問いには「減らす方がよい」「やめるべきだ」との意見を合わせると41%で、前回の07年調査の28%を大幅に上回った。

07年調査では、「日本は電力の3割を原子力発電でまかなっています」と説明して質問しているという。
その際、原発を「増やす」「現状程度」との回答は合わせて66%だった。

福島第1の事故を受けた今回の調査では56%。10%減ったとはいえ、事故への不安を抱きつつも現状維持を容認する声が今も半数を超えていることになる。

毎日調査では「やむを得ない」が40%

毎日新聞も4月16、17日に世論調査を実施した。「原子力発電に頼る日本のエネルギー政策」についての質問では、「原発は減らすべきだ」「すべて廃止すべきだ」を合わせると54%となったが、「やむを得ない」との回答も40%と、決して少なくない割合だ。

ネットでは朝日、毎日の結果が「意外」と映った人が多いようだ。
ツイッターを見ると「すごい違和感」「『増やす』と『現状維持』を合わせて過半数を超えているのに驚いた」といった意見が見られる半面、「削減廃止した後どうするのか?も考えんといかんよね。電気の使い方も含めて」と促す声もあった。


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原発20キロ圏内の富岡の「夜の森」という町は無数の桜並木で有名で、それはそれはクラクラするほど圧倒的な桜で美しい町でした。
桜の季節になると訪れていた私の花見スポットでした。
もう「夜の森」の桜が見れなくなってしまうのかと思うと残念で仕方ありません。

いまは誰もいなくなった「夜の森」で、
今年も例年と同じように無数の満開の桜が咲き乱れていることでしょう。



♪~ねぇ君 二人でどこへ行こうと勝手なんだが 川がある土地へ行きたいと思っていたのさ
町へ行けば人が死ぬ 町へ行けば人が死ぬ だって人が狂い始めるのは三月


桜三月散歩道  井上陽水




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牛3千頭・豚3万匹、原発20キロ圏に…餓死か


東京電力福島第一原子力発電所の事故で、避難指示区域(原発の20キロ圏内)に牛約3000頭、豚約3万匹、鶏約60万羽が取り残されたことが19日、福島県の調べでわかった。

避難指示から1か月以上が過ぎ、すでに多数が死んだとみられる。生き残っている家畜について、畜産農家らは「餓死を待つなんてむごい。せめて殺処分を」と訴えるが、行政側は「原発問題が収束しないと対応しようがない」と頭を抱えている。

県によると、20キロ圏内は、ブランド牛「福島牛」の生産地や大手食品メーカーの養豚場などがあり、畜産や酪農が盛んな地帯。しかし、東日本大震災発生翌日の3月12日、同原発1号機が爆発し、避難指示が出たため、畜産農家や酪農家は即日、家畜を置いて避難を余儀なくされた。
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by greenwich-village | 2011-04-19 19:22 | グリニッチ・ヴィレッジ
●枝野官房長官が案内する<菅直人杯争奪・大相撲巡業・大熊町場所観戦ツアー>

●東電清水社長と行く<春の福島原発20キロ圏内サバイバル探険ツアー>

●ゴールデンウィーク<激安・三都物語/女川原発・六ヶ所村・柏崎刈羽原発ツアー>

●石原都知事と巡る<いわき市・北茨城近海鮮魚・露地もの葉物野菜食べ放題ツアー>


も好評ご案内中。


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トリチウム、コバルト60が検出 次は東海村が危ない

東北と関東で余震が続く中、「福島原発と同じくらい危ない」とみられているのが、茨城県の東海村だ。誰もが知っている日本の原子力発電発祥の地。東海発電所は98年に営業運転を停止したが、隣接する東海第2発電所は110万キロワットの沸騰水型軽水炉として稼働してきた。

ところが3月11日の震災で、第2発電所を津波が襲い、非常用発電機の冷却用ポンプが浸水した。そのためポンプ3台のうちの1台が停止。現在、外部電源が回復し、原子炉は冷温停止状態に落ち着いているが、甘く見てはいけない。

マスコミが福島原発の放射能漏れに集中しているため、あまり知られていないが、3月11日夜に排水口から水が漏れていたことが判明。トリチウム、コバルト60といった放射性物質が検出されたのだ。両物質とも国の基準値の4000分の1と濃度は低く、経産省の原子力安全・保安院は環境への影響はないというが、茨城県沖・南部・北部だけで175回もの余震が起きているのだ。

琉球大名誉教授の木村政昭氏(地震学)が言う。

「これだけ余震が集中していると、第2発電所の施設はかなりのダメージを受けていると考えられます。ただでさえ放射性物質が漏れ出す危険性が高いうえに、いま心配されているのが茨城南部と千葉北東部の地震。内陸地震で、もし起きればM6.5以上のエネルギーになりそうです。地震でもろくなった建物がさらにダメージを受けたら、福島原発のように、危険な放射性物質が漏れ出すかもしれません」

東海村も危ない……。

(日刊ゲンダイ2011年4月15日掲載)
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by greenwich-village | 2011-04-19 13:00 | グリニッチ・ヴィレッジ
まだまだずっとずっと先のことだが、広島、長崎を持ち出すまでもなく、いづれ、福島の「風評被害」など消えてなくなる。

懸念すべきは、
人々の意識の中から「風評」が薄れていくのに比例して、
人々の記憶の中から「風化」して忘れ去られていくこと。


「風評」など、伝統的な偏狭な煽りに過ぎないから、次の時代や価値が変われば偏狭な人の意識もあっという間に流されていってしまう程度のものだが、
それと同時に始まる意識・関心の「風化」は、ことの本質を誤るどころか、出来事の「意味」を喪失させてしまう。

「風評」なんてものは勝手に流れさせておけばいい。低レベル・高レベル汚染水よりも健康には害はない。
そんな流行ファッションよりも、すでにいまからでも、この出来事を「風化」させないようにしておいたほうがいい。

震災・津波への警戒・準備はもちろんだが、避難民、原発事故の事実や映像のインパクトなどに覆い隠されて、やがてそれらさえ見飽きたニュースになってしまって、紙面や時間を割かれなくなっていく。

放出拡散した放射能物質の半減期・影響が消えても(それは遠い遠い未来だが)、放射能の手に負えない様を「風化」させてはいけない。

風化させてはいけない。
風化させてはいけない。


世界中の至るところで語り継がれている「神話」とは、本質的に今回のような事象・事態を叙事詩的に表現したものだ。

私は無神論者だが、もし神様とよばれる何がしかがあるのなら、それは、悪い神様だろう。
思い上がっている老人の東京都知事が、開口一番思わず「天罰が下った」などとほざいたが、神様を信じて強く信仰している田舎のじいちゃんばあちゃんたちや乳飲み子幼子、罪もない普通の我々の命まで奪うような神様こそ、とんでもない悪党だ。

天罰が下るべきは神様の方だ。

悪い神様を信じても仕方ないし、その神様の答えが今回の被害だ。

私には信仰・信じる神様はいない。
だから、思い上がっている老人の東京都知事が思うような「天罰」は下らない。
だから、悪い神様の「神話」も持ち合わせていない。

風化させず、語り継ぐべき未来の「神話」は、いま目の前の有様・事態だ。

信仰は個人の自由だが、
神様と呼ばれる何がしかのものは存在しない。

神様がいる、いない、ではなくて、ただ人間が愚かなだけのことだ。

愚かな人間が、科学でいうところの自然界の摂理をいじりたがって、分からなくなって、右往左往して、分からないことは「神」ということで、お社や教会のゴミ箱に押し込んでいるだけのことだ。

手に負えない原子力・放射能となんら変わりがない。
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by greenwich-village | 2011-04-18 12:26 | グリニッチ・ヴィレッジ
原子力推進派の科学者たちが、ここにきてやっと、次々にことごとく陳謝している、というニュースを読む。

その類の科学者たちは、東電から毎年巨額の援助寄付を貰い、彼らに学ぶ学生たちは東電や電力会社にキャリアとして迎えられる。

そんな科学者たちや元・原発安全委員が、ここぞとばかりテレビに出て、口々に「安全は保たれている」とか「今のこの数値であればさほどの害はないでしょう」などと語っている。

ただちに「炉心溶融の疑いがある」と記者会見で言ったはじめの保安院の方は政府から更迭され、
変わって何らかの形で原発開発に関わった東電関係の原子力・放射能科学者たちが、それもひとごとのように、東電と政府の都合が悪くならないようなニュアンスで「いまは大丈夫でしょう」などと言っていたわけだから、いままでも、これからも、公表される数値とその影響は、全部デタラメのようにしか聞こえない。

過去の歴史を見ればわかるが、
賢い学者は賢いがゆえに疎んじられ干されて貧しく研究もできないが、頭の悪い学者に限って金銭融通には長けていて、関係スポンサーからの経済的圧力と無能な政府の実のないお墨付きの権威で、頭が悪いがゆえに彼らの意のまま、誤った方向へ誤った科学力を推し進める。
それを、入試暗記だけに長けていて発想・想像力が皆無の「東大出の馬鹿」という。
記録や演算能力ならパソコンで十分に間に合う。


泡のような金銭・権威関係だけで、真摯な配慮もない学者たち、
そこにさらに輪をかけて無配慮なテレビ、メディア、電通などの広告代理店が乗っかって電力スポンサー資金の利益の分配をしているから、開いた穴を塞いで臭いものが匂わない構造になっている。
煽りがいのあるニュースとして態のいいバラエティ番組のような報道で、ことの真実は決して暴かれることはない。ちゃんと知っていても決してさらしてはいけない。

本気で何か発言したタレントはすぐに干されてしまう。
テレビニュースなど、結局、肝心なところは詰めることなく、ただひたすら騒いでいるだけ。
ジャーナリズムなど欠片もない。何でもいいから騒ぎが大きくなればなるほどテレビ・広告屋は懐が温まる。

どこかの安藤某女史ニュースキャスターが、被災地リポートで現地で豪華な毛皮姿で登場したことにバッシングがあった、というのはマスコミの性の根にはまったく配慮がないというあらわれだろう。
被災地・避難所に土足で押しかけるマスコミにも嫌気がさす。避難している人たちや自治体、関係者、ボランティアなど、現実と向き合っている人たちが「テレビはもう来ないでくれ」というのは当然だ。
哀れなどうでもいい海老蔵とか芸能人に対する突撃インタヴューではない。


疲れきった避難者たちに無配慮なカメラとインタヴュー、支援物資を届ける車や撤去活動の邪魔になるテレビ局の車や電源車。
そんな暇があるなら、少しでもいいから瓦礫の片づけを手伝ったらいいのに。
配慮なら、
テレビ局自身の電力消費が相当なんだから、省エネしましょう、と呼びかけると同時に、どうでもいい夜中のバラエティ番組をここしばらく中止して電力消費削減につとめたらどうだ。
お笑いタレントなど、彼ら自身の生業以外には今現状は「笑い」や「音楽」の娯楽はそれほど重要ではあるまい。
(実際、哀れには見えてもぜんぜん笑えない。音楽で勇気を!というのは、商業音楽の場合、生き死にの間際では、結局娯楽でしかないので、娯楽は衣食住立ってからの余暇程度のものだ。)
夜間の緊急時だけ放送すればいいだろう。


地震津波当初からなのだが、被災地、被災者、被災救済関連での泥棒や詐欺や犯罪行為をしている被災地ではない地域の連中が多くいるという事実は、あまり報じらず、ここにきてやっと語られ始めているようだ。
テレビCMの連呼や諸外国が賛美するほど、日本人は強くも立派でも粛々としているわけでもない。
諸外国に、原発の「FUKUSHIMA 50」なんて言われてヒーロー扱いされた作業員も、「オレたちはぜんぜんヒーローじゃない、ずっと安全だって言っていた自分の責任、村に、地域に、この国に申し訳なくて・・・」と語る。
被災に乗じた犯罪者はもちろん、まるで9・11テロの時の消防のようなヒーローに祀り上げる諸外国メディアもいささか無責任で配慮に欠ける。


災害、原発、電力問題は、東日本だけの問題ではない。
経済は回っているから健全だが、機能不全になっている今、遅かれ早かれ、被災地以外の西日本の皆さんの普通の家庭の台所事情・経済状況にも関連・直撃していく。
それを憂慮・配慮した上で、今頃になってのそのそと登場して何を語るや小沢なり、地元の代議士なり政党なり大連立なり、関心を持っていづれ近いうちの選挙で選んでいったほうがいい。

(大災害で自身の疑惑なり参考人質疑なり世間の関心がふっとんで得したね、小沢さん)


私はとりたてて天皇や皇族方に興味がある人間ではないけれど、天皇陛下や皇族の方々がいろいろな被災地を慰問なさっている姿をテレビで拝見する時、
なによりそのお姿、お召し物のセンスに心からのさりげない「被災し非難している国民への配慮」を感じる。
我々と同じような、とても、とても、普通で、地味で、目立つことなく、落ち着いた、ありふれた着衣だ。

天皇家だから当然なのだが(いや、いまの天皇と美智子様だからこそ)、「品格」というのはなかなか養えないそういうセンスで、「配慮」というのはそういうものだ。



30キロ圏内避難者のみなさん、東電の100万円程度で決して騙されないように。
私たちのいわき市は対象外なのでそれもなければ、営業補償もない。
100万円はちゃんと貰って、もっと請求しましょう。
連中には銀座の東電本社テプコビルも売却してもらって、社員全員の給料も減額してもらって、補償請求するものは請求しましょう。
こっちは健康を害するほどの命がけなんだから、東電のご家庭にはタクアンの夕食を食べていただきましょう。
それでもなお、吊りあわない。

震災・津波被害はいづれ復興されるが、原発・放射能被害はもう二度と復興されることはない。
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by greenwich-village | 2011-04-17 13:26 | グリニッチ・ヴィレッジ

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