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スピリチュアル・ジャズの美しさ、力強さ、深遠さが表現されつくした珠玉の一枚。1974年作。
最重要ブラック・ジャズ・レーベル、strata-eastの中でも最もCD化が待望されていたスピリチュアル・ジャズ史上に残る大名盤。ピースフルな世界観とモーダルなサウンド、ブラック・グルーヴが融合した奇蹟の一枚。
ジャズ/フリー・ジャズ、ソウル/フリー・ソウル、ファンク/フリーファンク、アフロ、ブラジリアン、フリー・グルーヴ。

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by greenwich-village | 2010-10-31 18:50 | 音楽
冒険王のテーマ




久しぶりに映画の話。
映画の話をしだしたら、もう暑苦しいほどなので止めておきますが、笑

さて、話は、来年2011年2月11日・12日に行われる<いわきぼうけん映画祭>
ただいま映画・映像作品募集中。
いまほど、実行委員長の増田さんと映画に関するさまざまな思い出話やアイディアを話していたところです。

応募資格は一切不問。
30分以内の作品で、
(A)「ぼうけん」をテーマにした作品
(B)いわき市内で撮影された作品     の二種。

詳細は、
いわきアイオスWEBサイト       http://iwaki-alios.jp
いわきぼうけん映画祭公式ブログ   http://boukeneigasai.jugem.jp

応募先 970-8026 いわき市平字三崎1番地の6
いわきアリオス内 いわきぼうけん映画祭実行委員会 宛


さてさて、今度は映画だ。ワタシも出品しますよ。

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by greenwich-village | 2010-10-30 19:52 | 映画
皆さんがまだ見ぬ何か素敵な音楽を案内しようと、いつものようにYOUTUBEを検索するのですが、やはりボクにとっては毎度限界があって、「今回はこれにしよう」と手元にある良いCDの音源がUPされているかどうか探すたびに、結局は見つからなかったりして、オマケにまたもPCの調子が悪くなりまたも再セットアップではじめから設定やり直し、そんなわけで更新が滞っていたりします。

案内したい良い音楽のCDはたくさんあるのに、肝心な音をお聴かせできない。聴いてみれば、聴きこんでみれば、すばらしい音楽・ステキな表現は無数にある。
前にも書いたのですが、ボクにとってはネット情報は半分にも満たない。そこから漏れているものが多くて、そんな程度のネット文化・情報社会では、何が良いもので何が良くないもので、何が刺激的で何が終わっているもので、何が本質で何が流行なのか、まったくわからなくなってしまって、ただ単に資本をかけて多く露出しているものや、人気タレントや、メディアで話題にしたからお取り寄せだとか、そのシステムでのビジネスばかりが正義になってしまう。本質・実体よりも媒体・情報ばかりが先行してしまう。
そこから漏れているものは、この情報社会では情報とはみなされないようです。今回も、検索しながら否が応でもそんなことを感じてしまったのでした。

どれだけデジタルでネットでケータイで情報化社会でも、結局、本当の情報は自分自身の目で、耳で、口で、自分の頭で考えて体感して、把握して、自分で見つけ出したもの。いつの時代も、自分自身で見出だしたものこそが情報で、そういう情報だからこそ、確かな実体も本質もありますね。

「ROVEの勝井祐二と山本精一がブエノスアイレスで奇才フェルナンド・カブサッキら4人のアルゼンチン音響派と新たな音楽を紡ぐ軌跡。」

美しく、クールで、知的で、ユーモラスで、静かで過激なフリースタイル・ミュージック。ギター、ピアノ、パーカッション、SEノイズ、アヴァンギャルドでニュージャズで、音響派でジャムバンドで、アンビエントでサントラで、自由すぎる音楽。

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ブエノス・アイレス・セッションがないので、こちらはフェルナンド・カブサッキ自身の仕事から。
セッションのほうは、こんな奇才が4人+2人で繰り広げられるので、さらに繊細・静謐で過激にアヴァンギャルド。
“美は乱調にあり”“受け入れられないのは、それが今はまだ新しいからだ”といった具合です。密かな名作。



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by greenwich-village | 2010-10-30 18:01 | 音楽
今日と明日は、地元いわき市・平で毎年恒例の「街中コンサート」が行われています。
ロック、ポップ、ジャズ、フォーク、民謡など、プロ・アマ、地元・地元以外、オリジナルからコピーまで、町の辻辻や公園、ライヴハウスや文化会館からさまざまな音楽が聴こえてきます。
今日はとても良いお天気でしたから演奏者たちもさぞ気持ちよくプレイできたでしょうし、街行くオーディエンスの皆さんも気軽に楽しい時間を過ごせたと思います。
この調子で明日も晴天で、皆さんの日曜日が音楽のある気持ちのいい一日でありますように。


ビートルズのコピーバンドも数バンド出演していることでしょう。

ご案内するのは、ビートルズのジョン・レノンが使用したことでお馴染みのリッケンバッカー。
ジョンはこの350型のショートスケールといってネックが短いものを使っていました。
ボクも日本のメーカーのコピーモデルを使っていたことがあるのですが、実際、このショートスケールはとても弾きづらく、当然のごとくやはり普通サイズのフルスケールが弾きやすい。

余談ですが、あの弾きづらいショートスケールを弾いていたのだから、ジョン・レノンはギターが上手だった?ではなくて、あまり上手くなかったので小さいショートスケールだったのだろうとあのサイズを手にすれば体感できます。
ジョン自身は、ポップ/ロックでまだ誰も使っていないリッケンバッカーのこの独特の形が気に入ったのですが(ポールのヘフナー/バイオリン・ベースも同様の動機から使用)、もともとリッケンバッカー・ギターは、主にハワイアン音楽/ハワイアン・スチールギターとして使われていたようです。
なので、当時から今もあまり見ることのないショートスケール・ギターが作られていたのも頷けます。

後を追うようにザ・バーズが使用し、バーズ・フォロアーのトム・ペティが使い、UKだとザ・フーが使い、ザ・ジャムが使い、オアシス辺りも使い、どちらかと言うとイギリスのミュージシャンの代名詞的なギターにも思えるリッケンバッカー社ですが、れっきとしたアメリカ製ギター、メイド・イン・USAです。

さて、
こちらは現在は生産終了の94年製、USA・リッケンバッカー350JG、フルスケール。
ジョン・ビートルズ時代の60年代のリッケンと同じスペックで作られたビンテージ・モデル。
(ショートスケールにはブリッヂ・エンドに純正でごついトレモロ・アームが付いています)
今やもちろん希少・入手困難品です。
350シリーズは作られていますが、現行品の350モデルの場合と決定的に違うのはブリッヂ・エンド鉄板部分の頭文字「R」の型。現在はこの部分が単なるプレートになっています。
60年代オリジナル・モデル型のデザイン、この部分も含めた色・シェイプ・マイク・ネックなど、現在リッケン社では作らなくなったようです。

プレート・モデルの350JGは現行品定価410000円、安いところでも350000~320000円といったところが相場のようですが、希少モデル美品でもグリニッチではさらに下回りますよ。
すでに15年ほど経過していますが本体内部もボディーも共にコンディションは抜群で問題なく、見ているだけでも美しくやはりカッコいいギターです。
リッケンバッカー・オリジナル・350純正ハードケース付。

ビートルズ好きな皆さん、ビートルズのコピーバンドをしている方、UKロック・ファンの皆さん、この機会に本物のリッケンバッカーをぜひどうぞ。


USA・リッケンバッカー・350JG・フルスケール ビンテージ・モデル 94年製
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by greenwich-village | 2010-10-23 19:29 | もの・モノ

もし恋心があるなら

もし恋心があるなら、
恋をしているなら、
片思いで焦がれているなら、恋が終わってブルーでいるなら、恋人と過ごしているなら、
懐かしい恋を思い出しているなら、道ならぬ恋に落ちているなら、思いがけない恋に出会ったら、
恋の裏切りに泣いているなら、恋の危うさに戸惑っているなら、再びの恋が燃えているなら、
恋が燃え尽きてしまったら、恋の思いが遂げられたら、恋が始まったら、
恋にまつわる時間を過ごしているなら、
コルトレーンのバラードをお聴きなさい。
SAY IT.
音楽のようなもの、恋には、決められた形も色も答えなんてものもないんですから。

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ジョン・コルトレーン   バラード   アナログ
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by greenwich-village | 2010-10-20 18:40 | 音楽
ウォー。
遠いあの頃のサンフランシスコの風。まるで友達のように素敵なバンド。風のような日差し、日差しのような風。
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都会、田舎、街。どこにいても。
相変わらず、この世界の厚顔な国々とそれら趣味の悪い人たちはやたらに利己的に物騒で、
いつも何かスゴイものばかりを求めすぎて、つまりは右往左往の貧民街かもしれないけれど、
どうなんだろう?

必要なのは、
早く遠く広く情報量が多い電子回路と配線と電波ではなくて、磨り減らない靴底。
見たこともない奇妙で不思議な神秘ではなくて、鏡に映る見覚えのある見慣れた人の顔。
味覚に美味しいモノ以上に、ささやかな暮らしを美味しく食べられる心の術。
ありとあらゆる尽きることない贅沢ではなくて、生きている間を仲間たちと楽しむための知恵。
両手にも余るほどの喜びを求める生活ではなくて、出来る限り悲しみが少ない生活。
言葉ではなくて、行間。
形ではなくて、空間。
時間ではなくて、瞬間。
風のような日差し、日差しのような風。


CITY,COUNTRY,CITY    WAR/アルバム「the world is a ghetoo」


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by greenwich-village | 2010-10-20 01:33 | 音楽
日本で、洋楽ROCKをそれほど聴かない方でも、一度は聞き覚えのある名前で、もっとも有名なロック・ギタリストといえば、おそらくエリック・クラプトンではないでしょうか。
一般に、MTVアンプラグドの「ティアーズ・イン・ヘブン」アコースティックライブ盤や映画主題歌の「チェンジ・ザ・ワールド」で人気があるようで、事実、この辺りの売り上げが彼の全キャリアで最大というのは、古くからの彼の音楽を聴いている者にはちょっと驚きの話です。

バンド・メンバー、セッション・サポート、ソロと、彼のキャリアは多岐に渡りますが、ロック音楽に対しての最大の貢献は、なんといってもデレク&ドミノスの「いとしのレイラ」というアルバムに尽きます。
このアルバムを作ったということだけで充分で、ほかの作品・キャリアは-もちろん各々の悪くない作品ですが-手馴れやオマケや習作やビジネスや趣味と言ってもいいくらいです。

このアルバムは一般にクラプトンのものと思われがちですが、あくまでデレク&ドミノス名義で、デレク=クラプトンと共に、ドミノスも非常に重要な役割を担っています。
とりわけ、もうひとつのギターを担当するオールマン・ブラザース・バンドのデュアン・オールマンのスライド・ギター抜きにこのアルバムは語れません。
ソロのキャリアで何度も取り上げられている名曲「いとしのレイラ」も、このアルバムでの演奏を越えるものはありません。クラプトン一人で、または別のギタリストと演奏しても、これ以上の「レイラ」にはなりません。
なので、これは決して彼のソロ・アルバムではなく、彼を中心としたバンドのアルバムで、だからこそ各メンバーとの素晴らしい化学変化がもたらされ生まれたもの、としてとらえたほうがいいでしょう。

ほか、曲、演奏、アレンジ、メンバーとの息も合っていて、気合も充分、ギターも歌も充実していて、クラプトンはこのアルバムだけで充分、このアルバムを作ったということだけでロック史に残る、そんなアルバムです。


レイラ=パティ・ボイド=親友ジョージ・ハリスンの妻を描いたジャケットの絵も素敵です。

1970年作。

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by greenwich-village | 2010-10-17 20:56 | 音楽
*最近なにやらバタバタと、ブログの更新をサボっておりますが、
店は営業しておりますので、皆様ぜひ遊びにお越しください。



友達の小さな輪。

友、遠方より来る、またうれしからずや。

友へ、これらの歌を。



スモール・サークル・オブ・フレンズ/ロジャー・ニコルズ




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by greenwich-village | 2010-10-16 20:25 | その他
前回あっという間に完売だった人気のマロングラッセ、再び入荷。
季節も落ち着いて、ようやくこの味わいが楽しめる秋になりました。
ほっとひと息、コーヒーや紅茶に最高の相性、そんな時間はちょっと大人なフラメンコ音楽で。
窓から見える秋雨前線の空模様も、コーヒーとマロングラッセとフラメンコでまた楽し。

マロングラッセ
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カルロス・ピニャーナ
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アルバム「デル・スール」から。



マロングラッセ、秋にはアコーディオン音楽の響きもよく似合います。
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タンゴ、アイリッシュ、ジプシー、ミュゼット、ポルカ、クレツマー、アコーディオン音楽各種。
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by greenwich-village | 2010-10-09 16:24 | 食べ物
神様でもない限り平和の賞なんてやっちゃいけないし、出版社の売り上げ部数を上げたい意図でもない限り小説や文学に賞なんて与えちゃいけない。
「たいへんよく売れた本で賞」ならいいだろうけど。

一般的に売れないもののほうがイイものは沢山あるんだし、小説も音楽も終始個人的な感想以外にないんだから、平和賞や文学で世界が平和になったり進歩したりしたためしはない。

ノーベル平和賞とかノーベル文学賞とかは、ワールドカップやオリンピックみたいに案外インチキくさくてデキレースっぽくて各国持ち回りのようであまり関心がわかないけれど、
科学部門のノーベル賞は百人見ても明らかな分野のものだから、うわあぁすごいなぁとうなってしまう。

今回のお二方も本当にすばらしい!心から拍手します。

ちゃんと大切にひとつひとつやっていれば、日本もまだまだぜんぜん大丈夫、胸を張って世界に誇れる。
理数離れなんて騒ぐマスコミはけっこうインチキ、理数に興味のないマスコミ者が多いだけ。
ただ怠けて理数をやりたがらないだけのこと。やれば出来るのが日本。やれば面白いのが理数。

100人いても、1+1=2の式に違いはないもの。



ボクは女性蔑視でもフェミニストでもない。
はじめからそういうものにはまったく興味がなく、そういう感覚ももったことはない。ただ単に、女性がいて男性がいる、ということだ。

頭だけが大きくなると、身の程も知らず知らずのうちに現実離れになって何がしかの思惑なり概念だけが一人歩きして、論や原理を振り回すようになるだけのことだ。
普段、朝起きて夜寝るまでをどうすごしているかを見れば、蔑視も優越もない現実が目の前にある。靴や鍋や布団や歯ブラシや洗濯物を見ればわかるのに見ようとしないから、見えもしない概念に振り回されるようになる。
だから、男性も女性もそれぞれの立ち位置として尊重されるわけで、差別はない。

という前置きをして。

政治家センセーの蓮舫さんが、1ファッション雑誌ヴォーグの取材で、自らのファッション写真をポーズまでとって国会内で撮影したそうだ。
モデルやタレントを生業にしてきた人だからさぞカッコよく撮れて、その雑誌を講読する女性層の多くの人にアピールできるだろう。実際、そう踏んで取材を受けたんだろう。
「国を代表するキレものでデキる女!」みたいにして、そのファッション雑誌も、政治指針なり懸案事項の解決なりを聞くわけでもなく、どっちに転んでも話題になるからといったレベルの編集者の企画だろう。

「国会内での私的な活動・利用は禁止する」

という規定なので、これは間違いなく、蓮舫センセーの思い上がりで、問題になって当然のこと。
ポーズまでつけてファッション写真をとるなら国会の中である必要はない。あきらかな私的利用。
庶民は大変なのに、仕分け仕事もしないでそんなことをやっているヒマがあるなら、それこそ皆の税金から出ている自分の議員給与を仕分けしてモデル業にもどったらいい。

ハナ息荒いのはただ単にTV的なだけで、政治家仕事意識はけっこう希薄な人なんだな。容姿がただ強そうに見えるだけで中身はあまり鋭くもなさそうだ。そんなことをしたら叩かれるのは当たり前。
ファッションに敏感な女性ならではだから、なんて許されることじゃない。

菅さんに質疑した稲田女史センセー。
与党も野党も、我々庶民がビックリするような無思慮な小汚い言葉を平気で使うが、稲田さんの質疑を見たが確かに男のボクでも「この女の人、ずいぶん言葉が荒くて汚いなぁ」と感じた。
そういう単語や言葉を使って相手を挑発して混乱させようとして意図的に使っているのかもしれないが、聞いていてこっちが恥ずかしくなる感じがした。
相手を挑発したり論破したり議論したりするのに汚い言葉はまったく必要ない。ただ単に汚い言葉だけが宙に浮かんでしまうだけだ。
質疑ならば、与党・相手のつじつまが合わないところなりおかしなところなり、不透明でわからない点なり誤っているように見えるところを突付いていけばいいだけのこと。

稲田センセー、お母さんではないのかな?しかも政治家センセー。そんな方が国会で汚い言葉を使うから、我々庶民も若者たちも子供たちも「言葉は汚くてもいいんだな」と勘違いしてしまう。

質疑なり論破なり論を進めるための言葉ではなくて、ただ挑発したいだけの汚い言葉の無力感。センセーが「してやったり!」なんて思っていたら、こちらもまた勘違いはなはだしい。

昨日今日の話だと、たとえばこのお二人のような方がこの国の立法府で生業仕事をなされているわけだから、そのレベルは知れる。そのレベルを知っているから諸外国はつけ込みやすい。

立法府は立法府の仕事を立法府として、われわれ国民のための法案や予算をどう進めていくかが仕事なのに、幼稚なポーズ写真を撮ったり大罪・悪影響な汚い言葉を使ったり。
男性・女性という差別も優劣もない。
まるで幼稚園のサクラ組さんやモモ組さんやヒマワリ組さんのようなものだ。

頭かくして尻かくさず、お里が知れる。
そんな話も、小沢大センセーの話があるから霞んでしまうんだが・・・・・・・。


何がレトロで、何がアンティークで、何が古道具で、何がアナログで、何が昭和ライクかといえば、平成も20年以上過ぎてインターネット・ケータイ・デジタル時代と言われているけど、政治家センセーの体質と永田町と関係者各位こそ、未だに実に昭和的だなぁ。


それじゃ何が平成的なのか、と言われても分からないけれど・・・・・・・。
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by greenwich-village | 2010-10-07 15:38 | ニュース

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by グリニッチ・ヴィレッジ