<   2008年 09月 ( 22 )   > この月の画像一覧

ステレオと銀河系

ボクはオーディオ・マニアではありませんが、多くの人たちと話をしていて、ごく一般的に、モノラルとステレオというものの違いについて、誤解されているようだなぁと感じることがままあります。
オーディオ・マニアや音響工学を学んでいる方やPA技術者ならあたりまえにご存知だと思いますが、もう一度その違いについて確認してみましょう。

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【ステレオ】  ウィキペディアより

ステレオ (stereo) は、音響工学ではステレオフォニック (stereophonic) の略語であり、左右2つのスピーカで音声を再生する方式のことである。
広義には、ステレオフォニック再生のための音声信号を集音、録音、伝送、通信、放送、加工する技術全般、またはステレオフォニック再生のための音響再生装置(ステレオセット)を指す。

ステレオフォニック再生

ステレオフォニック再生は、典型的には、聴取者の水平方向前方左右30度の位置に一対のスピーカーを配して2チャンネルの音声を再生する。
それに対し、前方正面の1つのスピーカーから1チャンネルの音声を再生する方式をモノフォニックと呼ぶ。
なお、一般にモノラルと混同されるが、これは別の再生方式である。
また、1チャンネルの音声をステレオフォニック用の2つのスピーカーから同時に再生して聴取する方式はダイオティックと呼ばれ、モノフォニックとは厳密には区別される。

ステレオフォニック再生はモノフォニック再生に比較して、音像定位や音場感が加わり、再生音の臨場感が増す効果がある。
2つのスピーカと聴取者頭部が一辺3メートルの正三角形に位置する配置が最も望ましいとされている。

録音については、左右1対のマイクロフォンで集音してそのまま2チャンネルの音声とする方式と、個々の楽器や歌手に個別のマイクをあてがい、オーディオミキサーで2チャンネルの音声にまとめる方式とがある。
現在の殆どのコンパクトディスクはステレオフォニック再生用として収録されているが、前者の方式で録音されたものはクラシック音楽などの一部であり、大半は後者の方式で録音されている。

ステレオフォニック再生で臨場感が増す理由として、人間が元々左右の耳に入る音の位相差および音量差などを利用して音源の方向を把握している点が挙げられる。

これを2つのマイクロフォンでシミュレーションする方式として2チャンネル音声伝送は考案されたが、当初はステレオフォニックではなく、バイノーラルと呼ばれる方式であった。
これは、2つのマイクロフォンを両耳の位置に備えた擬似頭部を用いて集音した2チャンネル音声を左右の耳にあてがった1対のイヤーフォンで聴取するもので、この再生方式をバイノーラルと呼ぶ。
因みに、左右どちらか一方の耳で1つのイヤーフォンで聴取する再生方式をモノラル(モノーラル)と呼ぶ。

バイノーラル録音はドイツで研究が盛んであり、HATS(ヘッド・アンド・トルソー・シミュレータ : ダミーヘッドに肩部や胴体も加えたシステム)も性能を高め、サラウンド以上の臨場感が得られるケースも出てきている。


ステレオフォニック (Stereophonic)
左右2個のマイクロフォンで収録した音を独立して伝達し、それぞれを左右2個のスピーカーで再生すること

バイノーラル (Binaural)
左右2個のマイクロフォンを持つダミーヘッドで収録した音を独立して伝達し、それぞれを左右2個のイヤフォンで再生すること

バイフォニック (Biphonic)
ステレオフォニック方式で録音したものを左右2個のイヤフォンで再生すること

モノフォニック (Monophonic)
1個のマイクロフォンで収録した音を1個のスピーカーで再生すること

モノラル (Monaural)
1個のマイクロフォンで収録した音を1個の(つまり片耳用の)イヤフォンで再生すること(モノーラルともいう)


録音・再生方法

音源が普通のステレオ録音の場合、通常のステレオ装置ではステレオフォニック再生、ヘッドフォンステレオではバイフォニック再生を行っていることになる。
モノ録音のCDを普通のステレオで再生すると、厳密にはモノフォニックにはならない(わずかながら左右のチャンネルの特性が異なること、スピーカーの個体差および設置条件により再生が全く同じ音を発しないから)。

また、クラシック音楽など自然な音響再生を好む聴衆向けに、原理通り2個のマイクロフォン(ペアマイクまたはステレオマイクを用いる)を用いて収録する場合もわずかながら存在する(ワンポイントステレオ録音などと呼ばれる)が、殆どの商業録音ではマルチマイク録音が行われる。
これは各楽器、パート別に多数のマイクロフォンを配置し、マルチトラックレコーダを用いて多チャンネル録音を行い、後で各チャンネルの音楽的バランスをとりつつ2チャンネル(あるいは伝送媒体の規定するチャンネル数)にトラックダウンする方法である。
音像の位置はパンポットを用いた左右の音量差のみで決めることが普通である。その点はワンポイントステレオマイク(→マイクロフォン#その他の分類一本で記録した音も同じであるが、実際に音場を形成したわけではないので、ある意味擬似的なステレオフォニックである。

モノラル再生

単一のスピーカーとは限らないが、ステレオ音源に対比して単一の信号音源を出力する方式である。
スピーカが単一又は複数にかかわらない。
ステレオ録音の音源の再生では、左右の和信号の再生をしないと片方だけの信号になるため和信号の再生が一般的である。
左右の和信号を得るのはワンポイントステレオマイクによる録音やマルチマイクによる録音では問題がないが、間隔をあけたペアマイクによる収録では位相差に伴う櫛形フィルタ効果が問題になる。

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最新のモノラル録音・再生機材ならモノラルとしてクリアな音になり、ステレオ/デジタル機材でも旧式なら薄っぺらで響かない。
再生される内容もあり、人体生理・状況・経験・理解力も関係し、機材のステレオやデジタル、サラウンドだからといって必ずしも臨場感があるイイ音・イイ音楽、というわけではありませんね。
録音装置や再生装置は科学で、「いい音だ」という主観・経験である人間生理に対してどう響くかというチャレンジを行っているわけです。

再生される様々な音楽そのものは、どれも非常に数学的です。音楽は数学的なのです。それが数式のように譜面になる。譜面は数式のように歴然としている。

音である限り、採譜できない音楽や響きはありません。その場合、一般的な西洋音楽理論の五線譜に収めようとすると無理があるものもありますが、十線譜や二十線譜やさらに細分化した音符や休符を使えば、すべては譜面に写すことが出来ます。
すべての音楽は譜面の上で記号になり、和音/不協和音やリズム/ポリリズムの数学になります。

それを再生・演奏して、音になって響くとき、数学は音楽になり、「いい音楽だ」という主観・経験である人間生理に響いてきます。
人間生理に響いているので、人間は音楽を数学や科学から引き離して、どちらかといえば自然的なものだと感じる。-文学も言葉という科学文化の意図的な連なりですから、科学といえます。

自然の風景や色合いは何一つ意図していないものですからまさに自然ですが、音楽も文学も絵も、これら一般に文系・文化と扱われているものは、実に科学的です。

自然界の音は採譜可能ですが音楽ではありませんし、人間以外の動物は鳴き声はあっても言葉も音楽もありませんし絵も描きません。
犬が人間の数万倍の臭覚力があるように、人間は、人間に由来する本能的科学力によって人間として確立しています。

-アーサー・C・クラーク原作/スタンリー・キューブリック監督「2001年宇宙の旅」の冒頭で、われわれ人類の原型たちが獲物を取り敵と戦うために、死んだ動物の骨を振り上げそれを道具として手に入れるシーンは、まさに人間に由来する本能的科学力といっていいでしょう。


誰もが音楽や文学や絵画を鑑賞して感じ入る。人間の科学本能は人間性を養い、人間の美観・美力を高める。かつて私たちもそうだったように、生れたばかりの赤子や幼児・子供たちは、人間として生れますが、美的科学本能が養われ開花し目覚めていないという意味で、まだ限りなく動物的なわけです。

科学本能が、人間を人間たらしめます。「誰でもピカソ」というのは「誰でも科学者」と換言できます。
ですから、高度な知性・科学によって意図された音楽も文学も絵画も美しいと感じ入れますし、大自然に触れると一切何も人的に意図されていない安心感、懐かしさや安堵感が得られる。


季節が変わって空気が澄んできました。晴れた日など夜空を見上げると思いのほか星々が綺麗です。

宇宙の時間の単位は光の速度の光年で示され、それら星の光・輝きは何万年光年先の何万年も前に発せられた光が今、地球に届いているわけですから、私たちが見上げる星空は、主観的な今夜の星空ではなくて客観的な何万年も前の太古の星空です。
ものによっては、まだ地球に生き物がいなかった頃に発せられた光、星もあります。それを今夜見ているわけですから、空想のタイムマシンや卒業記念のタイムカプセルどころか、とてつもない時間の隔たりと流れに毎夜毎晩、私たちはあたりまえに遭遇しているのです。

象が支えていたり天動説だったりする自己中心的主観ではない世界、部屋のシャンデリアや天井板の節目や壁紙の柄ではない世界、音楽や文学や絵画のように、宇宙・大自然の人知を超えた荘厳さ、美しさと謙虚さを、物干し台やベランダや縁側や街角で科学本能は伝えてくれます。

太陽系は銀河系の片隅にあって、その銀河系は大銀河系の中にあって、そういう銀河が無数に宇宙空間に渦巻いている。
それはどんな詩人の言葉よりも、どんな画家の作品よりも、どんな音楽よりも、詩的な美しさを湛えています。
そしてそれらは妄想・空想ではなくて、科学によって調査が進められていますね。


よくいう文系と理系には、受験以外にはさほどの違いはありません。国語と数学、社会と物理には開きがありません。ステレオなのです。両耳、両目なのです。

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【ステレオグラム】   ウィキペディアより

ステレオグラムは、目の焦点を意図的に前後にずらして合わせることで、立体的に見ることが出来る画像のことである。

人間は、片眼では焦点距離、物体の大きさ、重なり、明瞭さ、移動速度、両眼では、両眼視差、輻輳などの情報を総合的に利用して立体を認識している。

ステレオグラムは両眼視差を利用して画像を立体として認識させる。

現実の立体を見るときには、両眼の位置の差から右眼と左眼では異なった像が写っている。この見え方の違いが両眼視差である。 この2つの画像の差異を利用して脳は空間の再構築を行う。

逆に、平面上の画像でも両眼に視差が生じるように映像を写すことで、脳に立体として認識させることが出来る。
同時に撮影された2枚の写真を片目ずつで同時に見ることにより、元の写真を単独で見るよりも立体的に知覚できる。

立体視

ステレオグラムの二次元の画像を三次元的に見る方法を立体視といい、いくつかの方法がある。
このうち、何も器具を用いず肉眼で直接ステレオグラムを見る方法を裸眼立体視という。 裸眼立体視には、平行法と交差法がある。
平行法は右眼で右の画像を、左眼で左の画像を見る方法であり、交差法は左眼で右の画像を、右眼で左の画像を見る、つまり視線が画像の前で交差するように見る方法である。交差法には画像のサイズを平行法より大きくできる利点がある上、もともと立体視が出来ない人にとっては平行法よりも習得しやすいとされる。

最初は難しいが一度習得すると次からは比較的容易に立体視を行うことが出来る。

ステレオペア

視差が生じるような2枚の画像を左右に並べたステレオグラム。 19世紀には、ステレオカメラと呼ばれるわずかに角度をずらした2枚の写真を撮影できるカメラが発明され、ヨーロッパやアメリカで大流行した。日本でも明治時代に撮影されたステレオ写真が残っている。

ステレオカメラを用いなくても、普通のカメラでステレオペアは容易に撮影できる。
通常どおりに写真を撮影する。
カメラを右または左に平行移動して、もう一枚撮影する。この際の移動距離をステレオベースと呼び、多くの場合人の両眼間隔の平均値と同じ 6.5cm が適当である。
仕上った写真を左右に並べると立体視ができる。
この方法では左右の画像の撮影に時間差が生じるため、動く被写体を撮影することはできない。 他に、2台のカメラを左右に並べ同時に撮影する方法もある。この場合は2台のカメラのレンズの間隔がステレオベースとなる。
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by greenwich-village | 2008-09-30 15:08 | その他

マリファナ

エキサイト・ブログには「検索キーワード・ランキング」という機能があるのですが、拙ブログのここのところの検索アクセスは下記の通り。
参加された皆様ご本人たちか、同様のDJイベントを催している方々か、そのような遊びに興味がある方々か、事件・現象として関心がある方々か、はたまた捜査当局の方々か、知る由もありませんが、すべて同じ事項で検索されています。
過去ログでコレに関して書いているので、検索キーワードとしてヒットするのでしょうが、その数とトップ10すべてを占めているのには、いささかウンザリ感もあります。
http://slowbiz.exblog.jp/8866625/

ウンザリもしていますが、ここであえてもう一度書いてみました。
何をどう考えどう行動しようが、すべては自分の責任で、それにはその因があるから果があるわけです。
誰かが誘ったからとか、誰かが扇動しようが、自由のはずが不自由になってしまうのも、自由のつもりで気取っていても実際は怯えているのも、どれほどの集団であれ、自分自身という個人の問題です。
オーヴァードースで死んでしまったり、違法により捕まって不自由になったりしてしまうのは、ことの前後が逆さまになっているように見えます。

LSDなどの化学的なものは一時期アメリカ政府が国民を愚かにさせ判断力をなくさせる為にバラまいたなどと言われますが、私たちは、たとえば誰かが山奥でヒッピーのようにラスタファリズムのように暮らしていようが、法治国家で生活しているわけで、それでもマリファナを吸いたければアムステルダムにでも行けばいいのです、合法的ですから
非合法でもかまわないと思うのなら、その方やその方が愛する人が盗まれても犯されても殺されても騙されても、ほかの非合法な目にあっても法の仕方はなくなってしまいます。

最も懸念されるのは、たとえばネットや携帯電話が当たり前になったように、人はより刺激の強いものを求めてしまうという恐ろしさでしょう。軽いドラッグにでもたやすく手を出すような心持であれば、そうなるのは造作もないことです。そして意に反してか?廃人か死んでしまうわけです。因があるから果があるわけです。

ここに「マリファナの科学」という本があります。
是とか非とかの主観ではなく、科学的に客観的に検証している学術的な本です。ですから少し難しい専門用語や専門知識が出てきますが、至って公平中庸な内容を保っています。
好奇心から手にとる方もいますが、内容に目をやってすぐに棚に返します。ちゃんと知識を得れば、どういうものなのか分かるはずで、その上で自分で自分の責任として考え行動すればいいでしょう。
それらの効果・効能ではなく、自分は一人で生れてきて生きているわけではないということとして。

世界の一部の少数部族の伝統的習俗か、手術や末期癌などの痛みを和らげるための医療麻酔として以外には、単なる主観的幻覚作用でしかないそれらは、ボクにはまったく必要がないものなのだなぁと思い、このような文章を書くわけです。
心持がなければ、何も聴こえず何も見えず何も感じられない蒙昧になるでしょう。

たとえば超常的なものに対する潜在的な無意識な憧れと、自分にだけ都合のいい思い込み。
それによる、どこかで何かで刷り込まれたかつて羨望した擬似的な解放感。
自身の解放と安堵のために吟味検証すべきことは、他ならぬ自分の心持の中にこそあります。

オーロラや皆既日食は人知を超えて神秘的で素晴らしい出来事・風景ですが、星の軌道の自然現象・物理摂理として、過去も未来も何度でも起こっていることです。

幼児性か驕り高ぶり気のふれた選民思想かでもなければ、超人も呪術師もいません。いたとしても、みんな誰でも必ず死んでいくそんな程度の同じ存在です。

謙虚さも畏怖の念もなく何も学ぼうとしない小さな脳でしかない人間の幻覚による蒙昧は古今東西あまりにも陳腐で、紋切り型で、まったく不自由この上ありません。


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追記。
f0148098_2194131.jpg人間の脳にはさまざまな脳内麻薬を生成・分泌する機能があります。たとえばエンドルフィン。これは快楽物質といわれています。これによって人は様々な苦痛の局面を乗りきれるわけです。
これについての本も発刊されていますので、興味があれば併読されることをお勧めします。
本人が生きようとしても死んでいく末期癌を、モルヒネも打たずに逝ってしまう者もいるのです。
闇雲に自殺を望んだりドラッグを愛好・推奨する皆様、ご自身の自由と判断・責任ですが、どうかお体にはお気をつけて、くれぐれも命だけは粗末に扱わないでくださいね。

親もいれば子供もいる、兄弟もいれば親戚もいる、恋人や伴侶もいる、親友もいれば親身に思う人も悲しむ人もいる、心配したりちゃんと見ている人もいる。傲慢にならないでくださいね。蒙昧と幻覚の牢獄に自ら閉じ込められようとしない限り、人は決して一人ぼっちではないのですから。
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by greenwich-village | 2008-09-25 02:43 | その他

生活ガラス器

生活雑器のガラスを幾つか。古ガラス類は、またいづれ。

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by greenwich-village | 2008-09-24 22:19 | もの・モノ

生命の樹

「生命の樹」 グスタフ・クリムト (ロシア人画家)

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“生命の樹”は、神話や宗教的シンボルとして世界各地で顕されている。

アダムとイヴのエデンの園、聖ヨハネの黙示録、エジプト神話、インドの聖典ヴェーダ&ウパニッシャド、インディアンの逸話、カバラのセフィロト、釈迦の菩提樹、仏教の宇宙樹、ペルシャの神秘の樹、イスラム教の天上の樹、ジャワの願いの樹など。

生命の象徴(シンボル)であり、生命の力、聖なる力、大いなる力、愛の力、覚醒させる力、意識の階梯、生命の賛歌、人と神との融合などを示す。
それは魂を浄化、進化させ、大いなる存在へと向わせる深遠なる叡智といわれる。
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by greenwich-village | 2008-09-22 23:09 |

静けさは友

にぎやかさは客人、静けさは友人。

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by greenwich-village | 2008-09-22 13:30 | グリニッチ・ヴィレッジ

一期一会

一生に一度きりの機会。
「一期」とは、人が生れてから死ぬまでの間。

【一期一会】    出典:Wikipedia

一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来することわざ。
『あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう。』と言う意味の、千利休の茶道の筆頭の心得。

平たく言えば、これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい、ということである。

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by greenwich-village | 2008-09-21 19:54 | その他

姉へ

「彼女がこの世から息をひきとったとき、彼女が雲の上の天国に召されたとか、天使になったとか、キリスト教であれ仏教であれ、どんな神秘主義であれ、そんなそこから先のことは何の当てにもならず、まったく知りようもないのですが、少なくとも、雲の下の地上での長年にわたる病による耐えがたき苦痛、不安や苦悩からようやく解放されたのだ、という事実・現実は分かるのです。

遅かれ早かれ、平均寿命であろうとなかろうと、享年がいくつであろうと、息をひきとるまでの時間すべて一瞬一瞬がその人の人生であり、死を迎えて、その人生として全うされたものであるのだ、と彼女の命に対して、悲しみや涙よりも、ひたすら尊重を捧げる次第なのです。

人生というとき、金も名誉も、思考も感情も、幸せも不幸も、良くも悪くも何もなく、ただそれぞれの人生の時間内にそれぞれの命があり、命によるそこでの一切は各々が借りたものでしかないので、現実として、何も持っていけず、ただ借りたものは必ず返すときがやってくるわけなのです。

生まれ、育ち、生きて、苦痛の門をくぐり、そして解放され、彼女はただ静かに去っていきました。」





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ゴスペルを聴きたければマヘリア・ジャクソンをお聴きください。
ゴスペルを唄いたければマヘリア・ジャクソンのように唄えるようにご精進ください。

音楽などは、それがいかなる音楽であっても所詮は何かの道具であって、どこまでいってもただ単なる音楽でしかなく、何の意味も力もないものですが、自己満足・自己本位に、そこにほんの少しの何かの意味と力を見出すことが出来るものでもあります。

その自己満足・自己本位が命の本来的な希求であるならば、演ずるものも聴くものも、無意味で無力な単なる道具から、音楽に備わっているべき力を見出せるだろうと思うのです。


f0148098_22134415.jpg「ゴスペル,スピリチャルズ&ヒムズ」 マヘリア・ジャクソン

ディスク:1
1. 雨が降った
2. 神は本当にいらっしゃる
3. 天国を散歩する
4. 誰かを助けることができるなら
5. 子供たちよ,共に歌おう
6. イエスはかけがえのない友
7. 私は答えを見つけた
8. わが心は安らかなり
9. このすばらしい夜明け
10. あなたは生まれ変わらなければならない
11. エリヤのロック
12. イエスは井戸のかたわらで女に会われた
13. 満ちたりた心
14. 御手をすきにかけ給え
15. 流れよ,ヨルダン川
16. カルヴァリ
17. かなたのわが家へ
18. もう少し上へ

ディスク:2
1. 上なる部屋で
2. キリスト教徒のあかし
3. 主よ,今私たちはあなたが必要です
4. 天国と呼ばれる町
5. この世の悩み
6. 主がいなければ
7. 主よ,導き給え
8. ジェリコの戦い
9. 主は雀を見守り給う
10. 主は空に虹をかけ給う
11. すべてを御手に
12. 錆びた古い光輪
13. 誰も知らない私の悩み
14. 主よ許し給え
15. 歌で歌ったように生きたい
16. 主よ,私の心をお調べください
17. 母の祈りの声をもう1度聞くことができたら
18. 信仰を頼りに歩む
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by greenwich-village | 2008-09-18 23:04 | 音楽

生死事大、無常迅速。

生死事大、無常迅速、光陰可惜、時不待人。

生死から逃れることはできない(生死事大)。
全ての事はすぐに移ろうものだ(無常迅速)。
過ぎていく時間、一瞬を惜しみ、今を大切に生きなければならない(光陰可惜)。
時は人を待っていてはくれない(時不待人)。
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by greenwich-village | 2008-09-17 22:44 | その他

フリー・ミュージック

べつに難しいわけではないフリージャズ~フリー・ファンク~ニュー・ジャズ、リアルジャズ。
ただ耳と心を傾けて、限りない音楽の深みに身を投げ込めば楽しい、フリー・ミュージック。

※ただし、お店やデートドライヴのBGMやクラブ/DJの小道具としては使えませんがね、笑。

サン・ラ
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サン・ラ
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サン・ラ
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カーリン・クローグ
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ジェームス・ブラッド・ウルマー
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ジェームス・ブラッド・ウルマー
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レジー・ワークマン
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マイケル・ケイン
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エスビョルン・スヴェンソン
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サイキック・ウォーリアー
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ヒューゴ・リード
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ディラン・グループ
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by greenwich-village | 2008-09-15 23:36 | 音楽

松田優作が愛した音楽

f0148098_13505155.jpg「いつもの店、いつもの席でスピーカーに耳をかたむけ、その向こうに想いをめぐらせた。これはひとりの男が愛した音楽。そしてまさに松田優作という男のサウンドトラック。とっておきのエピソードと数々の写真が収められた特別ブックレット付。」

「松田優作本人が足繁く通ったJAZZ BAR、LADY JANE。このCDは素顔の松田優作と接していたLADY JANEのオーナーが、彼が愛して聴いていた音楽を選び、とっておきのエピソードとともに初めて編集した、まさに松田優作という男のサウンドトラックである。」

<YUSAKU MUSIC NOTE - 松田優作が愛した音楽> ワーナーミュージック・ジャパン

1. ハイチ人の戦闘の歌(モノラル)/チャールズ・ミンガス
2. ロンリー・ウーマン/オーネット・コールマン
3. あのころ/古澤良治郎とリー・オスカー
4. エヴリシング・マスト・チェンジ/ニーナ・シモン
5. 溢れ出る涙/ローランド・カーク
6. セント・ジェームス病院/浅川マキ
7. 天使のミロンガ/アストル・ピアソラ
8. 紙ふうせん/井野信義&レスター・ボウイ
9. オール'55/トム・ウェイツ
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by greenwich-village | 2008-09-14 13:52 | 音楽

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by グリニッチ・ヴィレッジ