短編童話 「大きな栗の木の下で」

短編童話 「大きな栗の木の下で」    根津オリジ


むかしむかし、あるところに、大きな大きなとても大きな栗の木がある村がありました。
村の森に一際ぽっこりとそびえ立つその栗の木がどのくらい大きいかというと、空の雲に手が届きそうなほどの大きさです。

その村はずいぶん前は豊作続きで、そのおかげで村の祭も賑やかで、旅人や行商人も草鞋を脱いで宿をとり、街道を行き交う人が溢れていましたから、噂を聞きつけ近くの村やほうぼうから益々人が集まり大そう栄えておりました。

ところがある時からぷっつりと作物が作物が育たなくなり、あいついでの洪水や大雪、疫病などで、村人以外は誰も寄り付かなくなり、かつての賑わいはおろか、食べるものにも事欠く次第になってしまいました。

あるとき、困り果てた村人のひとりが言いました。
「あの森の栗の木にはたくさんの栗がなってるから、あれをなんとかしよう」
「おお、そうじゃった!栗の実をすっかり忘れておったわい。」
「そうだそうだ」「栗なんてわざわざ食わなくてもよかったが、今となってはありがたい」「急いでいこう」「わたしの分もあるかい」「あれは日本一大きな栗の木だ、みんな行くぞ」「助かった」と村人は皆各々口々に話をしながら飢えたお腹をかかえて森の栗の木の下に集まりました。

栗の木には“木の上の人”と呼ばれる人達が住んでいました。
「おほーい、木の上の人よ~、オレら木の下に入ってもいいかぁ」
村人が叫びかけました。
しばらくすると、栗の木の上の方の枝や茂みがザワザワとなり声が聞こえました。
「どおぞ、どおぞ、お寄りください」
「おお、ありがてえ」
村人たちは、大きな栗の木の下の大きな木陰に近づきました。

厄災に祟られて数年、今年の村は川も井戸も干上がるほどの恐ろしい日照り続きで、村人たちは日向にはいられなかったのです。
「いやぁ、ありがてぇ、涼しい涼しい」

「ところで村の人たち、何用でまいられたか」
木の上の人の誰かが尋ねました。
村の長老がいきさつを話すと、
「腹が減って栗の実がほしいとな、うむ、ワシ一人ではなんとも決められぬのでしばし待っていただけるか、てっぺんにいるお頭のところに行って長老組と相談してくる、まぁ悪いようにはせんから」
と言いました。

村人たちは栗の木の下でしばらくのあいだ待っていました。
木陰とはいってもだんだんと体が暑くなり、お腹も空きすぎてイライラしてケンカをはじめる者もあらわれました。

「おーお、待たせたのぉ」と木の上の人の誰かの声が聞こえました。
「栗の実は分けてやりたいが、われらの分もあるのですぐにはやれんということに決まった」
村人たち皆からどよめきがもれ、一塊になったタメ息に驚いたまわりの木々で羽を休めていた鳥たちがいっせいに飛び立ちました。

「まぁまぁ、落ち着いて。ほら、お前さん方の頭の上、このあたりに栗の実がついているじゃろ」

村人たちが見上げると、大きな栗の木の枝の一番下のあたりにたくさんの栗の実がなっていました。

「このあたりの実はまだ若いから、食うにも実が少なすぎる。そこでじゃ、長老組の会議の結果、村の衆には水を汲んできてもらって栗の木にまいてもらう、水不足じゃからこの栗の木も大変だ、ワシら木の上の仲間も木が育たねば栗の実に困る」
「栗の実はいただけるのかねぇ」
あまりの空腹でまったく頼りなさげに村の若者がつぶやきました。
「もちろんじゃとも、だからこのあたりの、ほれ手を伸ばせば届くじゃろ、ここらへんの栗の実を分けてやってもいいとのことだ、そのかわり水を汲んできてくれと」
確かに少し背伸びをするか、誰かにまたがって肩車すれば手が届くところに栗の実がなっています。

村人たちは長老を囲んで話し合い、腹は減っているが栗の実が食えるのでなんとか我慢して、みんなで水を汲みに行こうということになりました。

川も干上がる日照りなので村には水などありません。水を汲むにはとなりの村のそのまたとなりの山をこえた村の外れにある池まで行かなければなりません。
お腹を空かせたまま、村人たちは皆ヘトヘトになってなんとか水を汲んで戻ってきました。そして大きな栗の木の下にそれぞれが汲んできた水を全部まきました。

「おーい、木の上の人たちよ、いま水をまいたぞぉ」
「おー、そうかい、そりゃご苦労だったなぁ」

すると「ゴゴゴゴゴー」と地鳴りがしたかと思うと、大きな太い栗の木の幹がズルズル上へ上へと伸び始めました。

「あやややぁ、どうしたことか、地震かぁ」と村人たちは皆頭をかかえて地面に体を伏せました。
「あー、心配することはないから」
木の上の人の誰かの声がしました。
「水をまいてくれたんで木が喜んで成長しただけだわい」

それを聞いて村人たちは安心して立ち上がり、木の上の誰かに向かって言いました。
「約束どおり水を汲んできてまきましたから、栗の実をわけていただいでもよろしいでしょうか」
「約束どおり、そのあたりの実を好きなだけたくさん食べていただいてけっこう!」
木の上の誰かが村人全員に響くように大きな声で言いました。

それを合図に、村人たちは一斉に大きな栗の木の下にかけ集まり手を伸ばしました。背伸びをする者、誰かに持ち上げてもらう者、肩車をする者、皆、これで空腹が満たされると必死に手を伸ばしました。が、どうしても手が届きません。栗の実には誰ひとり手が届きませんでした。
村人たちが水をまいて木が成長した分、前よりも背が高くなり手が届かなくなってしまったのでした。

なけなしの声を振り絞って村人が叫びます。
「おーおーい、木の上の人よ、栗の実が取れないのだが・・・」


大きな栗の木のてっぺんでは、木の上の人たちの長老組とお頭が空を仰ぎながら栗ご飯を食べ、毎年減っていく栗の実をどうしたら止められるか話をしていました。
そうするうち、長老組の一人が空に浮かぶおかしな色と形をした雲を見つけ、指差しながらお頭に告げました。
「たしかに、アレはマズい、いや、まちがいなくひどいことになる」

お頭は急いで木の上の人たち全員を集め、事の次第を告げ「それでは、いくぞ」といい終わる間もなく下へ向かいました。


木の下の方では村人たちが「おーい、頼むよ、何とかしてくれよ、話が違うよぉ、このままじゃ取れないよ、腹減ったァ」と半ば泣くように叫んでいました。
とそのとき、大きな栗の木の上の方からスルスルと縄ばしごが下がってきたかと思うと、次々に木の上の人たちが降りてくるではありませんか。
あっけにとられる村人を尻目に、木の上の人たちは次から次へと降ってきては「それでは、どうも」とお辞儀をして栗の木のまわりの少し開けた野原を横切って森の林の方へ行ってしまいます。
「わたしで最後、これで全員」といって降りてきた木の上の人が「それでは、どうも」といって同じように野原を行きかけたので、慌てて村人の一人が声をかけます。

「木の上の人、約束どおり水をまいたのに枝が高すぎて栗の実がとれないのです、木をよじ登ろうにも幹が太すぎて」
最後の木の上の人が村人たちに言いました。
「おお、水をまいてくれたのですか、ごくろうさまです、あ、そうです、この縄ばしごを使ってください。これならてっぺんまで行けますし、上に上がれば上がるほど大きく美味しく実った栗がたくさんなっていますよ、それでは失礼」
というと、最後の木の上の人はスタスタと野原を横切って行ってしまいました。

さて、それを聞いて、村人たちは我先にと縄ばしごの使って上に登り、木の枝から幹をつたっては皆手に手に栗の実をもぎり、持ってきたカゴに入りきらないほど詰め込みました。
「上のほうが美味しいらしいぞ」
村人たちは全員、大きな栗の木を上へ上へ登りました。


木の上の人たちはお頭を先頭に、野原から林を抜け森を歩き隣村までの山を登り、ちょうど見晴らしがいい頂上のところまで来ていました。
「よし、ここで一休みにするか、全員、ここで休憩だぁ」
そういってゴツゴツした岩に腰を下ろしました。
「このあたりまで来ると見晴らしがいいものだな、ほら、私たちの大きな栗の木もよく見える」
長老組の一人がお頭に近づいて言いました。
「村人たちは大丈夫でしょうかね」
「木が老木過ぎて村人全員が登ったら折れて倒れてしまうんじゃないかっていうのかい」
「またそうやって子供騙しの知らなかったフリをするのがお上手で」
「あの栗の木はまだまだ成長するから、あの程度の人数では折れたりしないからな」
長老組の一人はお頭のその話さえ聞かなかったかのように空を見上げました。
「あぁ、やっぱり降ってきましたね、さて、どうしますか」
「なんでもいい、桃でも栗でも柿の木でも、いや実のならない木でもいい、杉でも松でも。とにかく大きな木であれば」
「大きければ大きいほどいいと」
「大きければ大きいほど、大きい木陰ができる、そうすれば放っておいても人は集ってくるものだ」
お頭は微笑むと、上向きに両手を広げてかざしました。
「本格的に降ってきたようだな、雨」
長老組の一人が言いました。
「雨をしのぐにも、寄らば大樹の影」


大きな栗の木の上で、村人たちは空腹を忘れ口々に歓喜の声をもらし栗の実を集めるのに夢中になっていました。
「おい、雨が降ってきたぞ」
「おお、確かに雨だ、雨だ」
「おー、雨か、やったぁ、これで日照りも終わりだァ」
「畑が生き返るぞ」「田植えだ、田植えだ」
村人皆、益々歓喜の声が高まっていきました。

雨を降らせながら立ち込める低く灰色の曇り空に、奇妙な形と色をした雲が浮かんでいました。
その雲ははじめ遠いところで行ったり来たりしていましたが、やがてしだいに近づいてきて、大きな栗の木の真上に止まるとそこから動かなくなりました。
「おい、なんだぁ、見たこともねぇ変な雲だなぁ」
「あぁ、なんだぁありゃ」


「ゴギグガゴガーッゴゴゴギー、ドッガァーン」


奇妙な雲の中から目もくらむ稲光が飛び出したかと思うと驚く間もなく真っ逆さまに大きな栗の木をめがけて伸びていき、そのまま耳もつんざく豪音と共に、大きな栗の木の幹は真っ二つに裂け枝葉は木っ端微塵に吹き飛んでしまいました。
雷は大地さえもえぐり、あたりに飛び散った瓦礫は炎に包まれました。


男たちはもちろん、老人、女子供まで、一瞬にして村人全員が大きな栗の木と一緒に死んでしまいました。

誰ひとりいなくなった村が雑草に覆われ身の丈ほどまで生い茂る野原になってしまうのには、大きな栗の木が育つほどの時間はかかりませんでした。
旅人が遠方から戻るまでの時間で、村はあとかたもなく名も無き山河に姿を変えてしまいました。

故郷へ帰った旅人は、見る影もなくなったかつての村だった雑草の野原に立って、胸いっぱいに息を吸ってつぶやきました。
「あぁ、やっぱりなぁ、故郷の匂いはいいもんだなぁ」

旅人は、生まれながらに目を患っていたがために村人たちから役たたずと罵られ、幼くして心ならずも座頭の道に出て、つらい旅回りから帰ってきたばかりの、残された唯一の村人でした。


                                  (おわり)
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by greenwich-village | 2015-09-21 01:48 | グリニッチ・ヴィレッジ

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