タモリ/ヴィトゲンシュタイン/アフリカン・サイケデリック・ロック



「笑っていいとも」の“タモさん”を降りた最近のタモリは、「ミュージックステーション」の無気力司会を除けば、往年のようにノリに乗っていて、昨夜の「タモリ倶楽部」は実にタモリらしい「絶滅文房具ショー2015」なるクダラない企画。もはや使われなくなってしまった絶版の文房具を紹介して遊んでいた。

個人的にタモリ倶楽部の最高傑作は、肛門科の医者を揃えての研修企画で、実際にも肛門科はそうしているとのことだが、輪切りにしたチクワを肛門にみたてて手術の練習をするという極めてクダラなくまじめな内容。

かつての番組「今夜は最高!」やオールナイト・ニッポンから、タモリ倶楽部、ブラタモリ、ヨルタモリと、やはりお昼の顔の“タモさん”よりも常軌を逸した怪しげでまじめクダラない大人のタモリこそが、タモリのタモリたる由縁、面目躍如。


タモリ、ビートたけし、志村けんなど、笑いはいつも非常識なところに生まれる。常識的では笑いは生まれない。青ざめたり、ひきつるだけだ。
非常識・非日常の世界を作り上げるから、そこで笑いに還元できる。

そういう意味では、さんまはとても常識的で、常識的なのに笑わせられるのはやはり天の才なのだろう。総じて大阪・上方・関西の芸人・笑いは壊れているようにみえても常識的な範疇で作られているように思う。吉本新喜劇もそうだが、あくまで日常的な機微を掬い上げて笑いに増幅させている。

タモリもたけしも志村も共通して、関西人ではない。

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なにごとにせよ、
刷り込まれたイメージ・紋切り型の発想・お約束の認識・見覚えのある刺激・用意されているカテゴライズ諸々が、妨げになる。

言語学者・論理学にヴィトゲンシュタインという人がいるのだが、彼の著書「論理哲学論考」の件にあるとおり、未だ認識・認知できないものは名づけようもなく、けれどそこは未開拓のまま広がっていて、名づけようもないものが確実に存在している。

意識・常識・感覚がパカッと開かれたとき、そこに新しい風が吹く。
「これはこうだからこういうものだ、こうでなければならない」というものには何の根拠も理由もない。
根拠・理由を突き詰めて問いかけていくと、誰も言葉に詰まって答えられない。
「昔からそうなんだ」とか「そういうものなんだ」とか言って、まったく根拠も理由も成り立たない子供になってしまう。
常識・認識とはその程度のものでしかない。



曲は、アフリカのサイケデリック・ロック



Amanaz-1975 - Africa[Full Album]

I do not own the copyright to this recording so if it needs to be removed, I will remove it. A1 Amanaz-00:00 Written-By -- Isaac*, Jerry* A2 I Am Very Far-02...


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by greenwich-village | 2015-06-27 11:28 | グリニッチ・ヴィレッジ

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