精神は復興されず、いまだに瓦礫にうずもれたまま


ドイツの教育には、「歴史」授業と別に「二次大戦」授業がある。
戦後日本の私たちには、そういう授業はない。
誰もが感じているとおり、縄文だとか奈良だとか平安だとか鎌倉だとか、実際何も直結しない大昔の受験暗記用のものだけの「歴史」授業で、年度末までに近現代にたどり着くことはない。
つまり「近・現代史」は、国家機関が意図的に教えないようにしているということだが、敗戦・戦後民主主義と言っても国家主義体質は何一つ変わっていないという証だ。
戦後復興も震災復興も、ただただ「経済復興」を指しているだけで、「精神復興」は行われていないどころか、戦後今でも、何も始まらず終わったままだ。


戦後民主主義の本来ならば、「歴史」授業と別に「明治以降の近代・現代史」授業を設けるべきだが、そうしてこなかったことで、国会議員・政治家・官僚も含め戦後世代・団塊世代から今の子供たちまで多くの国民が近・現代を全く知らず、知らないままを基盤にして原理思想なり無関心なりの認識・感覚になっている。
戦争があったことは誰でも知っているが、知るとは知識ではなく、知性としてだ。

経済は見事に世界トップに復興したが、戦火を目の当たりにしていない戦後の今のほとんどの私たち日本人の、精神はずっと瓦礫にうずもれたままで今後もそのまま明るい経済未来に身をゆだねていく。
敗北でも終焉でも失敗でも危機でもなく、精神は近・現代・大戦で途切れたまま、まるで宇宙空間をとりとめもなく彷徨って回収されずミイラ化している。
戦後民主主義の初動のつまずきはとりもどしようがない。
真偽は藪の中で、誰もわからず誰も教えようもなく誰も答えようがない。

「精神の復興」は、死を回避することが不可能なようにもやはその因果さえ消滅してしまったのだから、可能なことは戦後現状のようにただただひたすら「経済の復興」だけを推し進めていくしかない。
それが是非も無関心も含めた「世論」なのだろうから。
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by greenwich-village | 2015-04-07 01:56 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

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