豊臣秀吉たち


豊臣秀吉の出生は詳細わかっていない。分かっているのはきわめて下層の出ということ。当時の通念もあるが、けっして下層だから卑しいわけではなく、ただ豊臣秀吉と名乗った人物が狡猾で卑しい人間だった。豊臣家なるものまでに至ってもあくまで彼の創作であって、「家」と名乗るまでの内的根幹はどこにもない。

戦国時代、多くの大名武将が天下取り・天下人を目指して戦に明け暮れた。
戦とは殺し合いのことだが、いつどこでの受験勉強の歴史ではなくて、なぜ天下を取りたくてなぜ戦をしたのかということを考えると、諸藩大名武将のあり方が見える。
天下取りに名を挙げた列強列藩の武将に共通しているのは、「殺し合い破壊しあう戦がない平和な秩序」を望んでいる姿だ。
殺し合い、破壊しあい、傷つけあいたくて戦に挑んでいるわけでもなければ、贅沢金持ちになってただただ権力を行使したくて天下人を目指したのでもない。


名武将諸藩大名とその一族は、下層では絶対にありえない悲しみの中で生きている。
兄弟を切り、親を殺され、息子を差出し、妹を政略結婚に出し、娘や妹の主人を殺す。大名家に生まれた者は男も女も親も子も、国を治めること引き換えに全員はじめから悲しみを背負わされている。あらゆる類の親族仲間の悲しみの中で生きていた。
同時に、戦わなければこちらがやられるゆえ戦をするが、戦をすれば家臣から足軽まで多くの犠牲者を生む。御大将で自分の国の者が次々死んでいくのを平気でいられるバカは二次大戦の内閣くらいのもので、親方様としてお殿様として国を治める者として、戦のたびに悲しみ生まれる。民を守り民を失わなければならない悲しみ。
民があっての国力であり国であり大名だということを知っている。戦によって田畑が荒らされずその民が平和に暮らせれば、国は豊かになる。
その豊かさを天下の者としてすべての国の民に望むために、天下平定をめざし戦をした。戦のための戦ではない。己の権力のための権力ではない。

名武将大名家は悲しみの中にいながら、国の民を基盤においていた。
民に対して強権を押し付ける必要はない。民が潤えば自らも潤う。民が疲弊すれば自らも疲弊し列強に敗北取り込まれ、そうなれば民も苦しむことになる。

豊臣秀吉に圧倒的に欠落しているのはそれだ。彼はその真逆を生きた。天下人になるまではそうではなかったというが、人はそう簡単に変わらない。もともとから卑しい人物だった。それを狡猾に隠して振る舞っていたのが天下人の機会にさらけ出た。
彼には各大名が持つ悲しみや苦悩や理念や資質はない。生まれもってあるわけがない。ただただ、立身出世・成り上がり・金持ち贅沢・権力がほしかっただけの極めて卑しい人物でしかない。
身に着けた狡猾さとただのタイミングで天下人に入り込んだだけのことだ。

慈愛や悲しみよりも自らの欲目が強く、国治めの器のない者、民に平和と豊かさを望む者ではない者が天下を取っても長くは続かない。また戦になる。
関ヶ原は、天下平定・戦のない世を作る戦だった。そして260年ほど、戦のない世が続き、民に平和と文化が花開く。

明治新政府以降、さらなるもっと大規模な戦に突入していく。
慈愛や悲しみよりも自らの欲目が強く、民を念頭に置かない、国を治める器のない豊臣秀吉たちによって。

いまや、歴史上、最も無能で幼稚で劣悪な国治めの状況だ。
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by greenwich-village | 2015-04-03 10:32 | グリニッチ・ヴィレッジ

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