クラフトワークという民族音楽


どこぞのCEOのプレゼンかと見間違える様の、クラフトワーク。ロック文脈とはまったく真逆なライヴステージがやたらにカッコいい。

アルバム「アウトバーン」が1973年頃だからかれこれ40年以上。
クラフトワークを下敷きにしてアジアンなオリエンタリズムをブレンドしたYMOは細野さんたちの一過性の先端潮流志向だったけれど、セールスの山あり谷ありの中で2015年のいまだに健在なのは、もはや寄席芸人・噺家名人の域。
単なる「新しいスタイル」じゃなくて、ちょうど民族音楽のように自身独自の「音楽」だということ。70年代は新しいことだけに耳が傾いただろうけれど、いまではオリジナルの古典芸能。古典芸能でありながら、同時に、いまのCEOプレゼン的でもあるし、曲によってはやっぱりこれからの近未来的でもある。
これは、彼らはテクノロジー機材創世記の人たちで、パソコン、インターネット、携帯はもちろん、いまのような様々なソフト・ダウンロードや機材プロダクトがなかった時代に試行錯誤していたからなんだと思う。
そういう意味で、彼らのテクノといまのテクノでは出発点と着地点がまったく異なる。いまのような誰でもポンとできるソフトやテクノロジーまかせではなくて、実はあくまでも発想・想像や人間臭いマンパワーからの音楽だ。


森の先住民や部族でない限り、電気がなければ、もはや自給自足生活者も生活できない。生活には必ず電気が関係している。たとえ自分が自分の家で電気を使わなくとも、人は一人ではないのだから、買い物に行っても商売をしても山奥に暮らしても離島にいても、電気仕掛けの社会の恩恵にあずかっている。電気は大切だからこそ、どうやって発電するかが重要になる。個人が石油ディーゼルで発電しても意味はない、温暖化になるだけだ。やはり再生可能エネルギーを推進していかなければ希望的な未来はないだろう。
いまあるソフトやハードに頼り切ってお金を回すだけでは、賛成も反対もにっちもさっちもいかない。現状維持でもどのみち賛否両論なのだから、賛否をされながら大胆な新しい発想と試行が必要だ。発想・想像や人間臭いマンパワーからのエネルギーだ。
国として、それを続けることが、自然志向やオーガニックなる一過性ではなくて、伝統や古典や民族音楽のようなあたりまえな確信と基盤になっていく。

クラフトワークも応援している。






Kraftwerk - Tour De France 03 (live) [HD]


Kraftwerk - Minimum Maximum


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「放射能」



Kraftwerk - Radioactivity live from Copenhagen 2015


Kraftwerk The Catalogue, Techno Pop concert 28-2-2015


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ついでに私がむかし作ったテクノ




sign / by greenwich village


Monky made a GOD. Hey, monky !! Are you not man ?


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by greenwich-village | 2015-03-16 12:22 | グリニッチ・ヴィレッジ

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