絵は、料理を作り食べること

最近ずっと絵ばかり描いている。

おおよそ創作表現で、文章や音楽や映画とか舞台とか、それらの媒体に共通するのは、要する時間の経過。
1日なり4分なり2時間なり3時間なり、ひとつのものを飲み込んでまず消化するのには、時間的な全体の長さが必要になる。
それらに要する時間が経過して初めて全体として受け取ることができる。

...絵の場合は、ほかの媒体に比べるとほとんど時間がかからない。ほぼ瞬時に全体として放出でき受け取れる。
全体を瞬時に受け止めたままで時間が経過する。そういう面白味が深い。

音楽は目に見えない。文章の描写も目には映らない。
絵はあからさまに目に見えるけれど、王政時代の宮廷画家のような写実性ならば、新しい媒体のカメラの登場で必要なくなり、静止画像どころか今なら誰でも携帯で鮮明な動画まで取れる。
パソコンのグラフィック/CGならば、ソフトで誰でも画像加工ができる。

絵の特性は、おそらく、音楽のように目に見えないものを視覚化し、文章のように想像連想を刺激し想起させ、2歳時3歳児のような極めて原初的行為によって、時代時代の最新型のパッケージやデザイン/ツールやフォーマットを看破し、新しい物語性を創出することではなかろうかと思う。

実は誰でも、体が不自由な人でも、絵も見えるし音楽も聞こえるし物語も味わえる。
目や耳や肢体という各々の器官が若干脆弱なだけで、映像も見えず音も聞こえないわけではない。
どんな誰でも、目を閉じてもハンバーグや恋人の顔が見えるだろう。耳をふさいでも懐かしいメロディや母親の声が聞こえるだろう。何もしないでボーッとしていても昨日の失敗の話を思い出し、苦しい時や忙しい時にフッと誰かから聞いた笑い話のストーリーが蘇る。

各々の身体器官の機能優劣に囚われると、誰もが行列してまで欲しがる最新型アイテムのように、ただ道具としてただ機械としてただ物質として、いつかは壊れ失われ惨めに古びていく類のものに陥ってしまう。

絵は初めからそこにあった。音楽も初めからあった。文章も初めからあったのだ。
それは作られたのではなくて、逆に、私なりあなたなりの媒体を選んで、自らを創出させたのだ。

絵は、料理を作り食べることに共通する。



Georgia Kelly & Dusan Bogdanovic - Yano МoriSong: Yano Mori Artists: Georgia Kelly & Dusan Bogdanovic Album: A Journey Home (1989)youtube.com..

f0148098_1233695.jpg

[PR]
by greenwich-village | 2014-09-30 12:03 | グリニッチ・ヴィレッジ

CD レコード 楽器 書籍 家具 器 インテリア ヴィンテージアイテム


by グリニッチ・ヴィレッジ