ツバメの巣と雨まじかのビル・エヴァンス

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また雨になるとのこと。そろそろ梅雨時。
玄関の踊り場に、ツバメが巣を作っています。雨が降る前は湿度があるので多くの虫が飛んでいて、さっきからツバメがせわしなく行ったり来たりしています。

空を飛んでいるのはツバメや虫ばかりではなくて、時には最近やけに好戦的な中国軍の戦闘機が接近していたりしますが、だからといってそんな挑発にのって再軍備だの集団的自衛権だの振り回すのも愚か。

国粋系の評論家や大学の法律学者やNHK委員の特攻隊ベストセラー作家たちは、とるにたらない思想を持ち出してここぞとばかり戦争ごっこをしたがっていますが、そんなにしたければ、年齢性別職業関係なく政治家や賛成派が自ら戦地前線に赴けばいい。彼らがいなくても、替えの他の人はたくさんいる。

賛成とかいう人たちは年寄りばかりで、自分の命をさらさないいい加減な舌先三寸で、前線や国のあり方がどうのこうのと言う。そういう人たちはまさに御用学者で、学問でも思想哲学でも何でもない。
生身の人間を置かないところでただ理屈のための理屈をこね回しているだけ。
自ら危険に命をさらさない。そんなものなら誰にだって言える。

「桶狭間の戦い」で織田信長は自ら先陣を切って織田軍を率いた。戦国の多くの武将がそうだったし、いまだに悪しき長州閥影響下の日本政府だが、高杉晋作は民衆と共に民衆を率い自ら戦った。
いまの日本も政府も国民も、当然だが誰ひとりサムライでも何でもない。サムライという勇ましい言葉だけがマスコミや業界に軽々しく使われているだけだ。
そんなに賛成なら、学者でもゼロ戦作家でも賛成派は全員自衛隊とともに集団的自衛権で戦地に赴けばいい。お国と国民のために戦えばいい。自ら命を落とせばいい。

そんなことは絶対にしない。言葉と理屈のための理屈を豪華な書斎の豪華な机上でこねまわして、自分の思想がいかに正しいかいかに立派か自画自賛して、戦局風向きが変われば「私の責任ではない、私は悪くない」とスタコラサッサと逃げ出すだけだ。戦争の親玉の自分たちがいなくなったらこの国この先はどうなる、私がいなければ困るだろ、だから私だけは死ねない、とでも言いたげに。

かつて、大日本帝国大本営は空襲から国民を避難させ守るどころか、いまも東京の地下に残る貼り回らせた秘密地下道で自分たちだけ逃げ出した。
沖縄では国と人民を守るはずの兵隊たちが防空壕から村人たちを追い出した。
新興宗教教祖は壁の間に隠れたり信者を残して雲隠れする。
会社社長は計画倒産で社員や関係業者を後回しにして資産を家族に切り替えてからお手上げをする。
長年真摯に勤めてきた挙句のリストラもまた然り。
私が「集団性」を厭いあくまで「個人」を尊重するのはそういうことだ。私自身かつて勤めていた会社が傾いたとき、同じような「沈没する船のネズミ」を見てきた。
生活・雇用という意味で「集団」は必要なものだけれど、決して信頼できるようなものではない。集団はただ集団としてあるだけでそれ以上のものではない。
集団であるからまとめ役が必要で、だからといってそのまとめ役が信頼される個人であるかどうかは別の話だ。

集団的自衛権・軍隊化賛成の政治家・学者・評論家・三文作家や賛成の国民は、それで自衛隊で働く人たちが死んだら、責任を取って自決しなければ話が始まらない。
死と背中合わせでいることを強いて、自分はただの毛のないサルが偉そうに死にもしないのは卑怯者下衆の極み!
「日本国民は日本国を愛する義務がある」ということにもっともかけ離れた意見が集団的自衛権。

そういえば、原発爆発時、吉田所長の指示を無視して、原発で働く9割の東電社員が逃げ出したのでしたね。

ツバメでさえ、草をひとつずつ咥えてしっかり巣を作っているの言うのに。
そろそろ雨が降ってくる。

曲は、ビル・エヴァンスで「ヒアズ・ザット・レイニー・デイ」



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by greenwich-village | 2014-05-26 11:46 | グリニッチ・ヴィレッジ

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