交響曲FUKUSHIMA/ゴーストライター?

痛快!いやー、音楽に愛情を捧げる者としては触れないわけにはいかない。私は“無名な全裸の作曲家”ですから。

「交響曲FUKUSHIMA」とでも題して次なるゴーストライト作品を発表してもらいたい。いいじゃないですか、ゴーストライター。
作者が誰であれ、それでみんな“おぉ素晴らしい”と感動してたんですから。「あの感動を返せ!」って?いったい何に感動してたんだろう?そういう身の上の人のこういう音楽を聴いている自分、に感動陶酔してたんじゃないのかなぁ?
僕は彼の曲を聴いて「いいなぁ」とは感じなかったし、耳の障害があって交響曲音楽が作れるなんてすごいなぁ、と思ったくらい。

体が不自由で音楽をやるこういう類は、ブルースや放浪芸能では昔から当たり前で、むしろ体が不自由だから普通の仕事につけないので音楽という芸事でもやって生業にしないと生きていけない、といったもの。...

まぁ、食品表示偽装と同じ質で、良かったんだからいいじゃないですか。満足感があったわけですから。あくまでエンターテイメントですから。騒いでいるのは持ち上げたマスコミやレコ社や関係者で、お金を払ってCDを買った人やコンサートで拍手した人は、それはそれで見合った感動を享受なさったんだから、その時点で当価値交換で文句ない。この類のエンターテイメントビジネスの感動にクーリングオフはないですからね。

彼は装っていたわけですが、それはそれで見事な“芸人”だったわけで、テレビで取り上げた有名なその“騙し芸人というアイコン”に多くの人が群がっただけのこと。マスコミ各社もそれで儲けた。みんな感動した。いまさら第三者たちが何か文句がありますか?
軽薄なテレビで持ち上げていた軽薄なコメンテーターがこぞって手のひらを返して四の五の語って、弁護士まで引っ張り出して騒いでいる。そっちのほうが学芸会なエンターテイメントで下らない。
有名になりたい、騒がれたい、お金が欲しい、尊敬されたい、そういった強欲な彼は見事に世間を手玉にとった。痛快!

別に音楽なんてどうでもいいし、表現や創造なんてどうでもよかった。出来るわけがない。本当に全聾かどうかや、作曲能力もなく、話によるともともと譜面も読み書きできないらしい。それを装った芸術家然とした佇まいや立ち姿に“現代のベートーヴェン”としてみんな楽しんだ。千両役者ですよ。

浮世絵の葛飾北斎の弟子で愛娘通称“あご”。北斎が顎でこき使うから“あご”。
北斎はすでに充分有名だったが、彼女が描いた浮世絵が人気になりそこそこ売れ始めた。
そこで当代きって有名な北斎は、自分が描いた絵にわざわざあごの落款を押して売り出した、ヘヘッ、あごの絵が売れるんだってな、時にはオレの絵よりも人気かい、だったら北斎落款よりもこっちのほうがいいわなぁ。
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Commented by ハギリョウ at 2014-02-06 19:30 x
全く。同感であります。イマドキなリアクションだよ。
Commented by greenwich-village at 2014-02-06 23:30
私ら現代人は“大きな物語”を失ったんだ。受け継がれてきた大きな物語=人間に内在している神話を失くしたんだ。大きな物語を失くした現代人には、それを基盤にした日常的な普通の小さい物語も失くした。だから潜在的に“物語性”を渇望していて、彼の創造性や音楽ではなくて、境遇の物語を欲しがったんだろう、と思うよ。
by greenwich-village | 2014-02-06 09:35 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(2)

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