生活という神々しい娯楽と大犯罪者たち

何にせよ、生きていることは神々しい娯楽で、日々その目くるめく娯楽で飽和状態の生活に流されて立ち止まることは難しい。立ち止まったつもりが、次の瞬間また次の娯楽の波に飲み込まれて、ちょうど波打ち際の浜辺を歩いているかのように、今自分がどこにいるのか分からなくなっているのが生活だ。

あなた自身とあなたの家族や子供が、将来どんな世の中でどんな目にあうのか、その時になって、残念ながら、ただただ嘆きながら犬死していく。強権に作り上げられた壁というものは、国家的な壊滅状態まで行かないと壊れないというのは歴史が証明している。

自らの“気づき”で、自浄能力が発揮されて、壁が壊れることはない。いつも外的圧力・外的暴力によってしか壁は壊れない。

人間の心理は、経済が先行するほど、組織的な他力本願者になる。それが“流行”“時流”というものの正体だ。すべての流行・時流には自発性はない。
いつも遅れまいとして、...必死に流れに乗ろうとして、刹那な神々しいまでの生きる娯楽を謳歌しているかのように、壁に囲まれた狭小地を闊歩している。

どんな職業で、どんな境遇で、どんな生活でも、“人間”というものは、哀れで愚かで、悲しく業深く、ただ刹那的なだけだ。

今の内閣・大臣たち/与党・幹部たち/加担賛成党の政治家たち、そして顔のない官僚たちの面子を絶対に忘れないようにしなさい。

“廃止”されない限り、彼らが政治家を辞めた後でも、将来的に、このどのようにでも解釈可能な抽象的な文面の“法律”は生き続ける。

こういう法律を、政治的エゴ/官僚組織的エゴと日和見一面的に採決立法したすべての政治家/官僚組織は、大犯罪者になる。

私たちは今、手をこまねいたまま、国家的犯罪者たちを目の当たりにしている。連中の顔を忘れないでよく覚えておいたほうがいい。

本意ではないが、人間の生活に神々しい日々が続き、死ぬ時まで人生の魔の手から逃げ切れるように祈っている。
映画なり漫画なりでは、壁から脱出・逃げ切れる主人公が描かれるが、年端もいかない子供ならいざしらず、人生の娯楽を享受してきた年齢なら、言うまでもなくお分かりだろう。
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by greenwich-village | 2013-12-08 11:10 | グリニッチ・ヴィレッジ

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