反戦反核マンガ「はだしのゲン」禁止の島根・鳥取

反戦反核マンガ「はだしのゲン」禁止の島根・鳥取



つぎは山口県が禁止になるだろう。
あの界隈は本丸のお膝元、明治新政府以来の体制本部、今はいわゆる右傾自民党王国。
クレームを入れた人たちは党員の方々や危険思想の方々だろう。
と同時に、県も教育委員会も右にならえ。

キチガイ国家だった日本の過去封印と言論表現弾圧の序章。
美化強化と傲慢さの復権。
自民党のキャッチフレーズは「日本を取り戻す」、まさに。

賛成派や教育委員会の言い分が揃いも揃って愚かすぎ。
「マンガの過激な表現」って、子供たち若者たちはもっとか過激な殺戮対戦ゲームに喜んで、殺戮映画やホラービデオを見ている。

賛成派も危険思想人も、教育委員会先生も政治家先生もみんな、ガキの頃には興味津々で、その時代の残酷ものやエロ本をのぞき見たじゃないか。
石破先生も健康な男子としてもっこりとキャンディーズファンの集いでスーちゃんの隣で赤い顔して喜んでる、そういう写真を同級生がネットに流してる。

大人になるってことは、インチキになるってことなのかな。
そうじゃない。みんな、ちゃんと把握してちゃんと成長している。

子供にとって過激な表現、っていうのは、身の程知らずの愚かさとと傲慢さとインチキの何ものでもない。

反戦・反核を謳う「はだしのゲン」が子供たちに伝わらないことはない。伝わって、自分で何かを考える。考えるための手段・情報であって、それを封印するのは、大本営全体主義というものだ。

年だけとったインチキな大人たちが、子供たちの「自由」も「自分で考える力」も奪おうとしている。
そういう意味で、まったくもってバカバカしい話だけど、いまのこの国にはそういう伝染病的な空気が蔓延しているのは間違いない。

そんな風潮で、バカになってしまうのは簡単だ。
かといって、賢くなるのはもっと簡単だ。
バカにもならず、賢くもならないのがいちばん難しい。

ところが、なにが「時代」かというと、
「難しいことを避けてしまってもまかりとおる」というのがこの時代。
インスタントが全盛で、インスタント化がどれだけ進むかというのが最先端で、自ら難しいことにチャレンジしようとしない。
簡単と難しいことがあると、簡単手軽に便利ばかりを選択し続ける。

それで、気がついたときには、もぬけの殻。
もぬけの殻の大人たちは賢く立ち回ることだけで、「自由」も「自分で考える力」もない。

自分にないのだから、子供たちにも伝えようがない。
自分にないのだから、次の世代にも必要ないと強制する。
これが“負のスパイラル”と言わずして、なにがインフレ/デフレだろう。

結局、人は、自分が持っているものしか扱えないし、伝えることもできない。

虐待とかイジメとかは、愛情を受けて貰っていないから愛情を与えられない、ということだ。
それは親であり社会だけれど、親や社会にはその親や前の世代がいる。
祖父母やそれらの時代が、孫や今の時代にフィードバックする。

僕の論調の根底には、いつも同じものがある。

ジジイもおじさんも先生も、大人たちもかつてはただのクソガキだったということ。
それが50年程度で、やれ政治家だ先生だなんだとインチキな大人になって、自分の過去を封印して、次の世代を金型に押し込もうとする。

「自由」というのは「自分で考える力」ということだ。
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by greenwich-village | 2013-08-20 01:11 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

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