書籍は財産、音楽は嗜好品

書籍はデジタルデータではない。
知性と知恵という財産である。
音楽もデジタルデータではない。
好奇心と読解力の嗜好品である。
音楽に耳を傾けるように本を読み、行間を味わうように音楽を聴く。
どちらも生活から身についた所作の身だしなみである。

時代がどうであれ、宣伝がどうであれ、ソフトやツールがどうであれ、
当たり前のことだが、
本を読まない人は、時代のデジタル書籍でも読みはしないし、
本を読む人は、デジタル書籍ではなくて本を読む。
音楽を聴かない人は、データを振り回し、
音楽に耳を傾ける人は、音楽を味わう。

きわめて単純なこと、
すべての音楽は、出来るだけ上質のアンプとスピーカーによって再生されて、音楽になる。
このパソコン、そのパソコンに流れているものは残念ながらデータでしかない。
単に案内用のひとつのサンプルだ。

理屈でも信条でも主張でも思い入れでもなくて、一度耳を傾ければわかる。
音楽はそこにある。
だから音楽は、昔から今でも嗜好品なのだ。
イヤホンは耳栓に過ぎない。

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Commented by 通りすがり at 2012-09-25 14:30 x
ほんとそう思います。何でも便利になればイイというものではないね。
Commented by greenwich-village at 2012-09-26 22:31
通りすがりさん、こんにちは。事実、多くの電子書籍サービスが伸び悩みで業務中止していますね。本のデータ化/ネット化は絶対無理ですね。書籍そのものに独特の世界・匂いがありますから。音楽ソフトもダウンロードの多くは、もともと匂いがないモノばかりですね。
つまり、匂いはデータ化しようがないもの。美味しいにおいも臭かったり、臭いものが美味しかったりしますから。
Commented by 通りすがり at 2012-09-27 14:03 x
電子書籍を読んだ事がありますが、あれは書籍ではありませんね。まったく別の感覚です。真剣味が違うと言うか・・なかなか内容に入り込めないと言うか・・・
音楽にしても昔音楽をレコードで聞いていた時代は、
何かをしながら・・ではなく、音楽を聴くためにレコードに針を落としました。
当然のようにアルバムを通して全曲しっかり聞いていました。
なのでシングルカットされていない曲でも思い入れのある曲がたくさんありましたね。ジャケットにも愛着が湧きました。
音楽がデジタルで配信されるようになり
今は何かをしながらBGM的に聴くことがほとんどで
真剣に音楽を聴かなくなってしまいました。
最近のアーティストになかなか思い入れが湧かないのはそういうところに原因があるのか・・それとも単に音楽の質の問題なのか?
Commented by greenwich-village at 2012-09-28 10:49
その通りですね。レコード育ちの私たちはみんなそんな風に音楽に親しんでいましたね。店に蓄音器があるんですが、SP時代だともっと濃厚で、グルグルとゼンマイをまいて写真のタイマーのようにサッと身をひるがえして定位置、「さ、皆、聴くぞ」とぜいぜい2分程度でも集注して耳を傾けていたことが伺えます。

つまり、音楽も書籍も、読み手聴き手・受け手の「集中度」「濃厚さ」「吸収力」がなくなったのが当世のデジタルデータと娯楽のキーワードですね。
そうなることで、感性・人間がどんどん希薄になっている。データやヴァーチャルやシステムが主体で、人間が動かされている。人間の空洞化、感性の過疎化なわけです。
by greenwich-village | 2012-09-21 00:29 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(4)

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