日本は未開の発展途上国/「1984年」と「不適切な欲望と構造」

政治家や官僚がいなければ、国家は国家として機能しないけれど、私たちは所詮ただの人かもしくはそれ以下でしかないというのに、どうして人は目の色を変えて、気がふれたように、政治家や官僚になりたがるんだろう?
あれらの顔は狂気か。狂気者が国家を運営しているのか。現代国家とは、つまり狂気そのもののことか。正気の沙汰ではないのが、国家というものだな。

北欧圏は税率70%、消費税25%だが、60%ちかく多くの人たちが一応満足している。
多くとられるが、その分、きちんと国家による公的サービスが行われているからだ。
これだけの税率と消費税10%になったとして、たとえば医療費3割負担の先進国はないと聞く。

多くとったなら、その分、国家はサービスしなければ、年貢にあえぐ江戸時代と変わりない。
つまりこの国は、発展途上国だ。

現代国家という機能・構造はあくまで公的サービス機関であって、それ以外の利権・権力・暴力というものは、発展途上の未開の精神でしかない。
いつまでたっても、この国はバカ殿と悪代官から抜け切れない。
しかもさらに質が悪いのは、江戸時代とは違って、志も誇りも身に着けていない人が選挙や試験で上がっていくから手が付けられない。芥川の小説「蜘蛛の糸」だ。


ニュースから抜粋。

「税金から支給される非課税の文書通信交通滞在費を、生活費の一部に使っている議員は多い。

年間1200万円という金額を考えれば、タレントの家族の生活保護問題より“不適切受給度”が深刻。」




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「1984年」 あらすじ

1950年代に発生した核戦争を経て、1984年現在、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国によって分割統治されている。さらに、間にある紛争地域をめぐって絶えず戦争が繰り返されている。作品の舞台となるオセアニアでは、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、物資は欠乏し、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョンによって屋内・屋外を問わず、ほぼすべての行動が当局によって監視されている。

ロンドンに住む主人公ウィンストン・スミスは、真理省の役人として日々歴史記録の改竄作業を行っていた。物心ついたころに見た旧体制やオセアニア成立当時の記憶は、記録が絶えず改竄されるため、存在したかどうかすら定かではない。スミスは古道具屋で買ったノートに自分の考えを書いて整理するという、禁止された行為に手を染める。ある日の仕事中、抹殺されたはずの3人の人物が載った過去の新聞記事を偶然に見つけたことで体制への疑いは確信へと変わる。「憎悪週間」の時間に遭遇した同僚の若い女性、ジューリアから手紙による告白を受け、出会いを重ねて愛し合うようになる。また、古い物の残るチャリントンという老人の店を見つけ、隠れ家としてジューリアと共に過ごした。さらにウインストンが話をしたがっていた党内局の高級官僚の1人、オブライエンと出会い、現体制に疑問を持っていることを告白した。エマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書をオブライエンより渡されて読み、体制の裏側を知るようになる。

ところが、こうした行為が思わぬ人物の密告から明るみに出て、ジューリアと一緒にウィンストンは思想警察に捕らえられ、愛情省で尋問と拷問を受けることになる。彼は「愛情省」の101号室で自分の信念を徹底的に打ち砕かれ、党の思想を受け入れ、処刑(銃殺)される日を想いながら"心から"党を愛すようになるのであった。


さらに詳しく。
http://ja.wikipedia.org/wiki/1984%E5%B9%B4_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)
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by greenwich-village | 2012-06-06 10:26 | グリニッチ・ヴィレッジ

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