最後のひとつ前/クロージング・タイム

普段の暮らし、
水でも、食べ物でも、電気でも、故郷でも、収入でも、家族でも、友達でも、健康でも、心でも、喜びでも楽しさでも、悲しみでも寂しさでも、
何でも、
それを失うまでは、わかっているつもりでいても、まったく気がつかない。

失ってはじめて、ようやく少しだけ気がつく。
失ってようやく気がついたのだが、何もかも失っているので、何もできない。
失っているときは何もできない。
赤子のとき、熱かったり痛かったりして、それで火というものを覚えたのに、
そうしてまたそれが手に入るようになると、それが当たり前だというように、また少しずつ忘れていく。
今度は、失ってようやく気がついたのもを、失っていく。
普段の暮らし、
水でも、食べ物でも、電気でも、故郷でも、収入でも、家族でも、友達でも、健康でも、心でも、喜びでも楽しさでも、悲しみでも寂しさでも、
何でも、まかなえるようになる。
何でもできるので、わかっているつもりでも、気がつかなくなる。
暦の上で今年が終わり、暦の上だけで来年が始まる。
水の上を油が滑っていくように、終わりの時刻が、まさに始まりの時刻になる。
裏のない表はなく、表のない裏もない。
ものには影があり、影のないものはない。
正義にも汚らしさはあり、悪意にも潔さはある。
反省にも後悔はなく、開き直りにも諦めはない。
行くには近く、留まるには遠い。
隠すには眩しく、明かすには暗い。
瞬きには長すぎて、呼吸するには短い。
夕べは早く、早朝は遅い。
意味は軽すぎ、無意味は重すぎる。
約束は曖昧で、嘘はかたくなだ。
記憶は投獄され、忘却は都合がいい。

普段の暮らし、
水でも、食べ物でも、電気でも、故郷でも、収入でも、家族でも、友達でも、健康でも、心でも、喜びでも楽しさでも、悲しみでも寂しさでも、
何でも、
行方不明のまま、捜索は打ち切られる。
いまここに自分がいることが、自分の形見になる。
八方を塞いでこそ、枝が伸びるか、根が張るか、幹が太る。

終わるのではなく、また始まる。


クロージング・タイム   トム・ウェイツ


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by greenwich-village | 2011-12-31 02:35 | グリニッチ・ヴィレッジ

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