雨にぬれてもメリークリスマス / ザッツ・エンターテイメント Part1、2&3




ヴィトゲンシュタインという哲学・言語学・論理学者が導き出した有名な言葉に、

「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」

というものがあります。

つまり、ほぼ99%は「語りえるもの」であって、語りえるものは、それらの内容は各々に、受け取り手に何らかのひとつの「娯楽」を提示するものです。

AKB48から歌舞伎まで、漫画ワンピースからポストモダン構造主義まで、ラドン温泉から世界一周船旅まで、ドリフのコントからオペラまで、親たちが読む子供たちの作文から大文学者の作品まで、パチンコから株式まで、お茶漬けから北京ダッグまで、アマゾンの原住民からジョン・レノンまで、バッタものコピー商品から国宝芸術まで、指相撲からK1まで、目玉焼きから宇宙ステーションまで、能からフリー・ジャズまで、宴会芸から社会運動まで、麻薬から無農薬健康食品まで、ラーメンからワイン収集まで、ラブレターから公文書まで、ゴシップから政治ニュースまで、回覧板から学会レポートまで、町内の公園の砂場からディズニーランドまで、世捨て人から権力者まで、病院の待合室から帝国ホテルのスウィートルームまで、よさこいソーランからベートーヴェンまで、迷信俗説から世界宗教まで、ニンテンドーゲームから量子力学まで、幽霊からサクラダファミリアまで、ユニクロからイヴサンローランまで、鼻で絵をかく象からダ・ヴィンチまで、クリスマスからお葬式まで、この世の99%は語りえるもの。

1%は沈黙せざるをえないのですが、99%は語りえられる。

語りえられる限りのもの、言葉の限界まであるおよそすべてのものは、それらに共鳴する者に何らかの「娯楽性」を提示する。

簡単な事象を楽しむ者もいれば、難しい苦悩する事象で喜ぶ者もいる。

「事象に付随している言語性の限界」が「娯楽性」であり、沈黙せざるを得ない1%を除けば、すべては「娯楽」として言語性的に還元される。

たとえどんな雨にぬれても、この世の99%はエンターテイメント。
喜怒哀楽、日々悲喜こもごも、運不運、こうやって呼吸して生きていること自体が、おおむね、大いなる娯楽だといえるでしょう。








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by greenwich-village | 2011-12-23 11:16 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

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