音楽という直観/フラメンコとテーブル・パーカッション

グリニッチ・ヴィレッジでは「音楽」も取り扱っているのですが、一番好きな音楽は何ですか、アーティストは誰ですか、と尋ねられることがあります。

私が世に流れている様々な音楽と呼ばれる類のものから「音楽を感じるとき」は、ジャンルなどまったく垣根がありません。
最近はジャニーズものにもちょいと詳しいです、笑。

少しでも知っている者は、それをどれだけ深く理解しているかは別として、やたら吹聴したがる。
私は、「どうも細かいことが気になってしまって、ハハッ、私の悪い癖でしてね」というセリフの刑事ドラマ「相棒」の杉下さんばりです。
当店グリニッチ・ヴィレッジは、いわきのお店では「特命課」みたいなものかもしれません。

単純に、知っているか知らないか、ということだけです。聴きたがりなんです。
それはおそらく、知っているだけの範疇で判断を下すこと、がどうも苦手だからなのでしょう。
知らなければ比較も出来ないし、特性も分からない。こうして案内も出来なければ音楽を楽しんでもらう商売も出来ない。
そして、「音楽」の濃厚で芳醇な美味しさは一聴では理解しえない。年齢や経験や環境などからの感性の成長によって聴こえ方も全く変わってくる。

10代のころに身に着けていた服やアクセサリーやバッグを40代になっても身に着ける人は少ないと思いますが、10代のころに聴いていた音楽を40代になっても聴いているのは普通です。

「音楽」は耳から入ってくるものですが、人間の体の物理ではない物質ではない、言い得がたい「核」の部分に共鳴する代物です。
「文章」や「言葉」は、理解論理であって意思疎通の道具であって脳の思考に反応しますね。
「音楽」は「絵画」や「匂い」と同じで非言語であって、私たちが直観と呼んでいる類の部分に共鳴します。その部分にそれぞれの記憶を付随させながら。
違うといえば、絵画や匂いは音楽以上に「瞬時」であること。

「音楽」には最後まで聴くという「時間」があり、「直観的」であって且つ「物語性」がある。一曲の音楽というストーリーの中で、何度も直観に出会う。直観は固定しませんから、再び聴いたときはまた新たな直観が生まれる。
即興というのは何もモダンジャズ音楽ばかりの代名詞ではなくて、そもそも音楽そのものが即興的なもの。聴く側も毎回全編に耳を凝らしているわけではないですから即興的なもの。
ストーリーの好きな部分だけを記憶にとどめるように、音楽も好きなフレーズ、印象的な部分だけが頭の中でリフレインされますね。

何か「音楽」をお求めならば、どうぞお越しください。
音楽以外でも、何か空気と時間を集めた心地よさをお探しの方も、お越しください。
古今東西温故知新、取り揃えてお待ちしております。


本日の音楽は、敬愛するギタリストの中の一人、パコ・デ・ルシア。

こちらは「ギターラ・フラメンカ」、パコも収録のフラメンコ・オムニバス。

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楽器が出来る、楽器が出来ない、何か楽器を覚えたい、
出来る出来ないなど、まったく関係ありません。
みんな誰でも楽器や演奏は出来るんです。やるかやらないかだけで、大した話ではありません。
自転車に乗るようなもの。
ただ、自転車に乗れば見える風景が違ってくるように、楽器をやれば聴こえる音楽も違ってきます。

なぜなら、ほら、ダイニング・テーブルだってこんなに楽しい楽器になる。
もちろん、パコのようなギターはそうは弾けませんけれど、笑



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by greenwich-village | 2011-12-10 11:21 | グリニッチ・ヴィレッジ

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