戦後日本の繁栄は、私たち哀れな日本人の深層にある自暴自棄によって築かれた巨大な墓場。

東電も各電力会社も、関連会社も専門科学者も依存生活者も、株主も経団連も、国も行政官僚も、私たちはいつまで、こんなことを続けていくつもりなのだろうか。

「そんなこと知ったことじゃねぇ」と、経済優先のその場の贅沢享楽を繰り返すだけの自暴自棄の深層精神は、必ずしっぺ返しをくらい、子供たちや家族や若い世代に蓄積され、確実に病に侵されていく。

この場合、一定の現実の生活は国が補償すべきことであって、元来日本人が不得手とする資本主義などいつまでもありがたがって盾に使っているうちに、各家庭の子供たちや次世代を担う若い人たちは、福島であろうが東京であろうが、飛来山積した不可視物によってことごとく生気を失うようになるだろう。
西日本、南に行けば大丈夫、ではないのは承知の通りだ。大事な我が子と我が身を連れてどこへ行こうが同じことだ。それこそ経済負担はそちらへ傾き、決して福島県の人たちのせいではない流通は、たとえば麦わらになって各地へ飛散していく。

具体的な事故責任・被害者加害者ではなくて、そういう社会土壌を築いてきたという意味で、すべては私たち今の大人たちの責任だ。

「なにより原発事故収束を」ではない。火事が起きているのに火を消さない馬鹿は少ないだろうから、事故収束は当然のことだ。

今のままの「目の前の経済」だけの自暴自棄な日本人のままでは、遠い将来に原発が収束しても、事は何一つ収束しない。東電や政治家や官僚が描いている青写真どおりに、原発が収束しました、はい、これで手打ち、などには絶対にならない。

国際社会でもこれほどまでに自国の食糧自給力や本来の資源エネルギーを自ら放棄し、放棄することが国際的だと勘違いした私たち日本人の哀れさは、自己と環境を概念化して切り離してしまったところにある。

物理的に自己はイコールその環境であり、環境は自己自身である。これらは決して概念にはならない。あくまで肉体的な物理として、環境と自己は同化して存在している。

それを概念として、しかも切り離して捉えようとしたところに、矛盾によって崩壊した哀れな自暴自棄の深層が生まれた。

自己は不条理の集積体だが、環境はソロバンではじき出して利に変わる、つまり経済として扱うようになった。利潤優先に走り、本来「自己」と同化していた「環境」を経済化していくようになった。

行きついた果てがコレであって、また、再び自己と環境を同化させる手立ても、慣れ親しんだ経済化の中で喪失してしまった。

フグには死毒がある。どれほどの腕前か、調理人は日本人私たちだった。

本来の身の丈以上の贅沢でオーバーカロリーを摂取すると必ず、何らかの内臓疾患になる。
だから、こうなった。
その激痛は、自暴自棄の旧世代ではなく、すべての子供たちに受け継がれる。もちろん、自己と同化しない経済化した環境はそのままで。

将来、原発を巨大な墓場とした後に、また日本人のそのツケを払った後に、旧世代の犠牲・生贄になる子供たちの痛みにあえぐ声を聞きながら、それでももう一度、自己と環境の同化をはかる新しい手立てを模索していくしかない。

何の目的語もない「がんばれ、福島」「がんばれ、東北」「がんばれ、日本」のお題目、何をがんばるのかといえば、
「同化した自己と環境」を取り戻す方策を見つけ出す事。

経済だけを求めて再びその贅沢を得るためだけにがんばるのなら、何もがんばる必要はない。
何一つがんばらなくても、そこへ向かうレールはいつでもちゃんと敷かれている。


電力会社とお抱え学者と管轄官僚たちがちゃんと言っているじゃないか、本気で。

「プルトニウムはたとえ飲んでも人体健康に被害はなく安全です。」って。

そりゃ、そうだ。死んだ者はもう死ぬことはない。
墓場に住んでいる者は、死者だけだ。




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飯舘村で大量のプルトニウムを検出

2011年9月12日


福島第一原発敷地内で「ごく微量のプルトニウムを検出した」と東京電力が発表した3月28日以来、「プルトニウム放出」の疑惑をメディアはほとんど報じてこなかった。

だが、ここにきて驚くべき情報が飛び込んできた。半減期2万4065年と言われるプルトニウムが、現在計画的避難区域に指定されている福島県の飯舘村に大量に見つかったというのだ。

―中略

「放射線測定を専門とする大学研究者に直接聞いたのですが、プルトニウムが核変する前のネプツニウムという核種が、少なくとも飯舘村や伊達市まで大量に飛んでいたそうです。

今のγ線メインの測定方法ではどんなに頑張ってもセシウムしか検出できないため、本来の危険性が見逃されてしまう。

α線核種を無視した今のやり方を続けていたら、飯舘村はまた“見殺し”にされかねない……」

―中略

環境解析化学を専攻する、仮にここでは「A先生」とするが、このA先生の講義を受けて、「飯舘村にネプツニウム239という核種が大量にある」という、まだ世に出ていない論文の存在を知ったとのこと。

ネプツニウム239とは、2~3日でプルトニウム239にβ崩壊(核変)する核種のことで、つまり、これが大量に見つかったということは、かなりの確率で飯舘村において取り返しのつかないほど深刻な汚染が進んでいるという意味にほかならない。

しかも、このネプツニウムは飯舘村に何千ベクレル/Kgという量で存在するという……。

―中略

この論文は今海外の学会に提出されている。
そのため、学会での査読が終わりオーサライズされるまでの間は、おおっぴらに公表できない代物なのだ。

論文が公になるのは早くて9月末という話だが、そもそも、なぜわざわざ海外の学会で発表するのかという疑問もあるだろう。
それは、日本でこのデータを発表した場合、握りつぶされる可能性が高く、それを恐れてのこと……と告発者は書いている。
ただ、飯舘村の人たちにとっては一刻を争う事態のため、この告発者が意を決して私たちに情報が託したというのだ――。



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[原発のゴミ]が引き起こす地獄絵図


残土から作られたウランレンガ。1個90円
 
原発だけでなく、核関連施設も“核のゴミ”の処分に困っている。
昨年、相沢議員のもとに一通の内部告発文書が届いた。
それは日本原子力研究開発機構の下請け会社の社員からで、そこには「会社から人形峠のウラン残土をリサイクルしたレンガを買うよう強制された。
調べると、機構の幹部が会社に乗り込んでレンガ購入を打診し、会社が断れずに買った」と書かれていた。

当初は希望者にレンガを買わせようとしたようだが、放射性廃棄物のリサイクルレンガを買う者はおらず、会社が費用を負担して社員に配ったのだという。

膨大なウラン残土の処分に困っているのが、人形峠環境技術センター(岡山県)。
ここでは長年、ウランの精練や転換を行ってきたが、’01年に事業を終了した。
現在は、大型解体に向けての準備中だ。
かつてウラン採掘をしていた人形峠では、採掘後に放射線を出す膨大な残土が残った。
この撤去をめぐり、地元住民は裁判を起こし勝訴したのだが、この処理に困った機構は、09年からそれを土と混ぜ、レンガとして売り出していたのだ。


行き場を失ったウランの山が何と48万立方メートル!


人形峠のレンガから最大値0.35マイクロシーベルト/時と、通常値の約7倍の放射線を検出。
この人形峠では、毎時0.1マイクロシーベルトの低レベル放射性廃棄物は厳格に保管されているのに対し、最高値で毎時0.35マイクロシーベルトを検出したウラン残土をリサイクルしたレンガが通信販売や店舗で一般に売り出されている。
放射線値の高いほうがなぜ一般流通できるのか?

この疑問に、匿名を条件にして機構本部の職員が答えてくれた。

「簡単な話。低レベル放射性廃棄物は、『原子炉等規制法』で厳重な管理が求められますが、残土やレンガはその対象外だからです」

ウラン残土は法の網から漏れていたのだ。そして、150万個ものレンガは内部告発のとおり、果たして機構内部だけで使えなかったのだ。

「やはり機構内部だけでは使い切れず、立場の弱い下請け会社などに押しつけているのでしょう」(相沢議員)

ウラン残土処分の問題は、これで解決したわけではない。
なぜなら、レンガになった残土は、全体の0.6%にすぎないのだ。
人形峠周辺にはいまだに、今も放射線を出しながら総体積48万立方メートルもの行き場のない残土の山が存在している。

もし線量が下がったらどう処分するのか?

案内をしてくれた職員は「わかりません」と答えるだけだった。

ウラン残土だけではない。
人形峠には、低レベル放射性廃棄物がドラム缶で1万6091本、解体廃棄物の容器が1230基、さらに、11tが漏れれば、半径800m以内の人は即死と言われる六フッ化ウラン(劣化ウラン)が3843tも保管されている(’09年9月末時点)。

解体廃棄物とは、施設で使ってきた機器、金属類や建材のことだが、当然放射線を浴びている。
倉庫入り口でも毎時0.14マイクロシーベルトと、低レベル放射性廃棄物同様に扱わねばならない放射線が出ている。

職員に「これがどう処分されるのか」と尋ねてみた。職員はこう答えたのだ。

「これは『核燃料物質によって汚染された物』との分類で、核廃棄物ではありません。通常の産廃として処分されます」

これもクリアランス対象物としてリサイクルされるということだ。だが、どこに流れるのか?

六フッ化ウランにしても、今まで11回、福井県の「もんじゅ」の燃料として60tが送られただけで、残っている数千tをどうするのか? いずれの質問にも、担当職員は「これからの議論です」と答えるだけだった。

東京電力の福島第一原発、そして中部電力の浜岡原発。
解体が実現すれば、東海発電所の数十倍もの規模になるこれら原発では、自社内の埋設やリサイクルだけでは間に合わないほどのさまざまな核廃棄物が膨大に発生する。

「これはおそらく氷山の一角です。もともと、“核のゴミ”を処分する方法を真剣に考えてこなかったツケがきています。今まで生み出したゴミだけでも、とても処分しきれない。低レベルとはいえ、行き場を失った放射性廃棄物がリサイクルされ、出回っていることは大問題です」(相沢議員)
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by greenwich-village | 2011-09-13 02:05 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

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