意志のないところに自由はない/この動画が検閲削除されないようにコピー・増殖していってください。

リンク先の「ペンギンビート急行」で閲覧、youtubeからコピー/ペースト。

早くも検閲削除されているようなので、ブログなどお持ちの方々は各々出来る限りコピー/ペーストしていって残していってください、とアップロードした方がコメントしています。

「この動画、削除されたIDもあるようです。この真実の声を闇に葬­らせないために、転載、増殖できる方はぜひお願いいたします。」

NHK国会中継ですから著作もあるでしょうが、著作なら、民放のお笑いバラエティや歌番組もアニメも無数にアップされているのに削除されていませんから、あるところでの圧力なり規制なりの意図的な作為が働いているようにも伺えます。


「~の自由」「自由~」という言葉の意味は、絵に描いた餅、ということになりますね。
共産国とさほど変わりのない、排水溝の中だけでの「自由」。
検閲や隠ぺいや拘束する側の者も、いづれ自分が検閲隠ぺい拘束される者になる、ということに気づかないでいる。

このブログ運営はエキサイトというところですが、ヤフーであれニフティーであれyoutubeであれツイッターであれフェイスブックであれウィキリークスであれ、運営管理者側もまた運営管理されている。

自由のない状態は不自由と言い、そういうシステム/枠組みの中にいるという意識のない状態はペットと変わりがない。

ちょっと堅苦しい見解ですが、社会システムの中で私たちはお互いにペット/愛玩状態にいる。
鎖につないで引っ張っていると思っている者も、鎖につながれて引っ張られている。
なぜそんな状態なのかといえば、

「自由」というものを吟味してこなかったから。
資本力や権力にもとずく生活が「自由」なんだと、代々社会がお互いに刷り込ませてきたから。

自由とは何か、というともちろん人それぞれで違いますが、資本や権力やシステム構造などの外的・後天的に派生するものではなくて、
「自由」とは「意志」という内的・自発的なものであるのは確かです。

下の動画での児玉さんの国会質疑は一連の原発騒動への告発ですが、<意志=自由>というものを、結果として社会に示唆しているように思えます。

意志がないところに自由はない、のです。
意志もないから自由もない、という政治家・原発関係者たちが運営管理をして、意志もないから自由もない、という私たち愛玩の社会が、意志もなく自由もなく操作された通念をなんのフィルターも通さないでただ受け取る。

それらの結果として、今がある。



国やテレビや大手新聞はもちろん、すべての、インターネットも含めたマスコミ/メディアには厳重注意してください。

前のスタイルでのブログで国やシステムやマスコミのインチキを指摘していますが、放射能はもちろん、この国は、体制は、システムは、やはりまったく危険な状態にあります。


ジャーナリズムが喪失したマスコミなどなくても、たとえばフジテレビなど見なくても、バラエティなど見なくても、
普通の生活の中で楽しく笑うことも、好きな音楽を聴くことも、お気に入りのアイドルのステージを見に行くこともできるのです。
ただただ普通のまともな健康な健やかな暮らしさえできれば。




16分で少々長いのですが、まだ見ていない方は必ず一度見ておいてください




[PR]
by greenwich-village | 2011-08-03 23:26 | グリニッチ・ヴィレッジ

CD レコード 楽器 書籍 家具 器 インテリア ヴィンテージアイテム


by グリニッチ・ヴィレッジ