300年の経済利便性が行き着いた豊かな生活から出された生活ゴミの収集日は、ありません。

「人間以外の地球上のすべての生き物は、電気がなくても何も困らない。
地球とか自然環境とか言うのは、人間の傲慢さでおこがましいだけだ。
人間は、人間のために、人間が生きていける環境を整えなければならない。」


                            ― 横車 押造 (使い捨て研究家)



人間の祖先の霊長類が誕生したのがおよそ6500万年前
長いのか、短いのか。
これは、宇宙誕生ビッグバンから現在までの時間を一年にたとえると、大晦日の深夜24時寸前の時間だそうだ。

その人類が、ワット氏の改良で本格的な蒸気機関を手に入れ、同じころの工業化・産業革命に使われ、生産性・経済性を高め、乗り物やさまざまな産業に応用され、巨大なエネルギーで世界が変わり始めたのが、18世紀ころだから、おおよそ300年
300年は昔なのか、最近なのか。


宇宙誕生からの時間を産業エネルギー革命の300年で割りたいが、桁が違いすぎて電卓では計算できないので、
人類6500万年を産業エネルギー革命300年で割ると、およそ21666分の1

21666分の1の時間というか確率というか、発展してきて、人間は現代社会のエネルギー生活を手に入れた。夜は明るく、冬は暖か夏は涼しく、遠くまですぐに行けるし、こうやってコミュニケーションもできる、電気を手に入れた。
とてつもなく長い悠久の時間の、たった300年だけで。
複雑なのか、単純なのか。


100円ショップの器を一生80年大切に使うのもいいけれど、100円の器だから扱いも粗末になって壊れやすいし、たとえ壊れても惜しくない方が多いと思う。
1000円のユニクロのシャツを一生80年大切に着てもいいけれど、1000円のシャツや靴だから汚れても破けても、洗って縮んだり色落ちしても、惜しいと思う人は少ないと思う。

人類が、人間が、いまの形と感覚と理性と知性を持って完成するまで長い時間がかかった。
長い時間をかけて出来上がったものは、長い時間をかけなければ壊れない。
人間が人間以外に進化することは100%ないが、人間が人間として崩壊するのもまた長い時間がかかるという意味であり得ない。

産業エネルギー革命からの300年程度で出来上がったものは、300年程度で崩壊償却されてもおかしくない。
霊長類・人類の歴史で言えば、21666分の1時間程度でしかない。
宇宙の時間で言えば、300年は時間すらないに等しい。
人ひとりの一生をおおよそ平均80年として、その人の人生時間などまったく無に等しい。

人ひとりの人生など宇宙時間の中では無に等しいが、人ひとりひとりが生きている人類が構築してきた時間といえば、6500万年。
これは、宇宙誕生ビッグバンから現在までの時間を一年にたとえると、大晦日の深夜24時寸前の時間だそうだ。
それでも人ひとりの時間とは比べものにならないくらい長い。

その長い間構築してきた人類が、ヨーロッパから始まった300年程度の経済性・産業革命・エネルギー革命で脅かされている。

消えようのない放射能と、なにより、廃棄しようがない放射性廃棄物のゴミを作り出す原子力・核エネルギー。

もはや人類にとって、電気のない生活は不可能だ。
が、賛成派も経済性もいいだろうが、放射能ゴミ・核廃棄物をどうしたらいいのか、確かなことは誰も何も言えない。

原発を動かして電力を賄っても、福島原発のように壊れても、いづれにしても、最大の課題は今ある放射能核廃棄物をどうするのか、ということになる。

これは、反対も賛成も、福島も他所の地域も関係なくて、ゴミはゴミとして放射能を出しながら、人ひとりの人生時間以上の半減期で轟々と唸り続けている。

使いものにならない福島ゴミ原発以外にも、日本中のいま稼動している原発・冷却中の原子炉やプールでも、放射能ゴミは唸っている。

原発を推進した国や科学者、これをどうするつもりだろう。地中深く埋めるだけの程度では科学も何もない。現状では予算も科学力も穴掘り埋葬すらままならないが、人類の科学というよりも土木だろう。科学者ではなくて、原子力土木者とでも呼ぼう。


われわれ人類が、300年の経済利便性が行き着いた豊かな生活から出された生活ゴミに、指定された「ゴミの日」も収集場所もない。

人間の愚かさと欲望は、人間の素晴らしさと謙虚さに勝る。
[PR]
by greenwich-village | 2011-07-02 17:54 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

CD レコード 楽器 書籍 家具 器 インテリア ヴィンテージアイテム


by グリニッチ・ヴィレッジ