90年10月福井美浜「原発銀座」で工作員潜入用小船ゴムボートと漂流する工作員2名の死体が発見

「東日本のある原発では近年までゲートの警備も徹底されず、入構証さえ持っていればほとんどの『協力企業』の日雇い労働者もフリーパスで施設内に入ることができた。
そのような状況だから情報収集を目的とする補助工作員と目される人物が入り込んでいたこともあった。
反対運動が過激だった時代には、原発の稼働寸前に金網が破られている。
駆けつけると近所の住民が敷地内でキノコを採っていた。信じられない光景だった」



 長年、原発警備にあたっていた県警捜査員はため息をつく。この証言を補足するのは「警察と犬猿の仲」だった活動家の男性だ。


「抗議行動の際、正門前から抗議のため原発内に入ろうとしたが警備に阻まれた。せっかく遠くから来たのだからと、ダメ元で裏に回ったところ通用口が開いていたので、敷地内に入って抗議した」(元学生運動家)
というように、かつての原発の警備態勢は「まったくの『ザル』だった」と両者は口を揃えるのだ。


-中略-


「万全の警備態勢」(東電関係者)のように見えたが、3月31日、福島第二原発に抗議の街宣車がゲートを突破して侵入し、敷地内を走り回る事件が発生するなど、問題点は残る。


-中略-


「プルトニウムの保管施設」として、アメリカ側が重要視する東海村の施設をはじめ、多くの原発で武装警察官が配置されていないことを日本側に問い質したところ、日本側は「武装警察官の配置が正当化できるほどの脅威はない」と否定的な見解を示したとされている。
しかし、本当に現実問題として「脅威」は存在しなかったのだろうか。


90年10月には、「美浜事件」と呼ばれる事件が発生している。

この事件は、福井県三方郡美浜町の「原発銀座」のど真ん中で、工作員の使用する潜入用の小船やゴムボートと漂流する工作員2名の死体が発見された。
その後の捜査で乱数表や換字表、モールス信号用の電鍵等の「スパイ道具」や水中スクーターなどが相次いで発見されたことで北朝鮮による工作事件と断定された。
さらに98年12月には複数の北朝鮮軍人の死体が原発周辺で上がるなどの不審な事件も発生したが、警察当局の「見立て」は緊張感を欠いたものと言わざるを得なかった。



「工作員にとって原発は『夜間の潜脱において煌々と明かりを灯すランドナビゲーション』以外の何物でもない」(外事捜査員)という考え方が支配的だったのだ。
眼前を重武装した工作船が行き来していながら、それらからのテロ攻撃をまったく想定してこなかったというのは楽観的すぎるではないか。
前出の外事捜査員もこう言う。

「原発警備では、警察は陸、海保は海といった厳然とした縄張りがある。そして、どちらの組織も陸海空を機動できる充分な能力を持たない。詳細は言えないが原発警備にあたっている機動隊員はごく少数だ。実効的な警備を行なうには、火力も機動力も勝り、何より人数の多い自衛隊に担当してもらうほかない。現在でも政府が『治安出動』を命ずれば自衛隊による原発警備は可能だが、日常的に警備を行なうには法改正が必須だ」
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by greenwich-village | 2011-06-25 17:42 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

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