電力会社

電力会社   白洲次郎

-中略・抜粋


「僕はこの五月一日から、電力会社に関係することになった(東北電力会長に就任)のだけれども、電気料金の値上げをしようというと、一般の人が反対する。
これは、今までの電気業者の経営の方法に対して、一般の消費者大衆が持っていた不満が一ぺんに出てきた。
これは無理のないことである。
ところで何かというとすぐに、公益事業と云うのだが、僕は、電気事業というものに二つの側面があると思う。
家庭用電気に関しては、電気事業は当然公益事業であって、単に営利的の立場から考えるべきではない。
だが、大口の事業者に対しては、あくまでも営利事業であるべきだ。
今は電気料金は大口も小口も公益事業委員会が決めるけれども、今みたいに、ほかに競争のないときはしょうがないかもしれないが、普通のあり方は、公益事業委員会が電灯、電気料金を裁定する範囲というものは、あくまでも家庭向きまでであるべきだと思う。
大口の方は、電気会社と需要者との単なる商取引で値段を決めたらいい。
そして、需要者側から考えて、電気会社が終始高い料金を請求することが長く続きそうなら、電気を使っている人は、自家発電のことを考えたらいいのだ。
今までは、発送電の時代では、自家発電を許さなかったのだから、考える余地がなかったけれども。
この間も、東北電力の新潟支店に行って話をしたのだが、今までの電気料金の集金の仕方は、一般の家庭の電灯料金については、一ヶ月二ヶ月払わないと、すぐに電気を切ってしまう。
ところが大口の、一ヶ月に百万二百万払うというようなお得意の方は、電気料金を一ヶ月二ヶ月遅れても黙っているのである。
これでは逆だ。
家庭の電灯料は、一ヶ月二ヶ月払わなくても、何かの都合で払わないんだから、そのうち払うから少し待っておるべきだ。
どうしても不払いに対して切らなくちゃおさまらないなら、百万二百万一月に払うのを払わないという所のを切ればよい。
向こうは商売なのだから、なんとか金を工面して払うだろう。
どうも今の電気会社は、電灯をつけている家庭が一番大事なのだという感覚が足りない。
尤もこのごろのように、殊更に公益事業公益事業と言う消費者の態度にも行過ぎたところがある。
一種の慈善事業みたいに思っている。
だけどとにかく消費者の行過ぎた態度を是正する必要があるならば、その前に電気会社が今までのやり方を反省すべきだというのが僕の持論だ。

-中略

長年一種の独占事業で、インフレ抑制とかなんとかいう国家的の見地から、営業的には犠牲にされた面は、ずいぶんあっても、その反面、独占事業の安易に狎れちゃって、とくに電気とか製鉄とかいう事業は一番ひどいけれど、考え方が温室育ちで、一人前じゃないのだ。
ほんとうに商売人が算盤を持ってやっているんだというような印象は、少なくとも受けない。
そこで、一般の消費者大衆が電灯料金の値上反対ということがいつも問題になる所で、一般の消費社階級があんなに反対しないようにしようということの第一歩は、電気会社の経営というものは、これ以上合理化というか、普通の言葉でいえばこれ以上倹約して、無駄の排除ということはできないところまで行っているんだということを、一般の消費者大衆が納得するところまで持っていかなくちゃならない。
また納得さす義務があるのだ。」

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by greenwich-village | 2011-05-28 11:47 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

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