「日本は哀れな国、日本の未来を信じてない」/私たちの本当の感情は伝わらないし報道もできない

本当の感情は、新聞文字やニュース映像では報道されない。

道端に転がっているか、通りすがりか、その程度の話で、マスコミが大好きな派手さはまったくないので、届くこともない。

温度差。
キレイごとはない。
こちら側から見える風景とそちら側から見える風景。
世界は物理的にはひとつだが、百にも二百にも分断されて存在している。


友達や知り合いが受けた差別や偏見が、小さいことでも増えていく。

風評被害と言うなら、事の次第で「どこのだれそれ」「どこに行ったときのこと」などと書くと、下らない風評を煽ってしまうおそれもあるし、そうなると差別・偏見をしている人たちと同じ器に入ってしまうので書きはしない。

ガソリンスタンドに「いわき・福島ナンバー給油お断り」だとか、
ファミリーレストランでナンバーを見ただけで入店拒否だとか、
車に石を投げつけられたとか、ボディにキズをつけられたとか、
私個人はあまり好きではない匿名無顔の「2ちゃんねる」での誹謗中傷とか、ほか、

もうどうしようもなく、情けない人たちがいる。
もともとそういう感覚を持っていた人たちがここぞとばかり溢れ出したわけだ。

車のナンバーで判断する、と書いたのでお分かりだろうが、
もちろんこの地域ではなく、福島県でもない。
2ちゃんねるやネット文化は以前からの弊害の毎度のことだが、それらの悪意ある言葉の汚さ。
どんなキレイごとで夢見ても、日本の一部は確実に、そんな国だ。

電力会社がらみのACの洗脳CMは、ここでは通じない。
人気者たちや有名人たちが何をいって、何を唄おうが、空しく響く。

「日本は哀れな国、
日本の未来を信じてない。」


車のナンバーで判断するのは、申し訳ないが、馬鹿の10の10乗倍。
ならば、「宮城ナンバー」とか「新潟ナンバー」にでも乗るか。
福島以外の人が「福島ナンバー」を乗っていても差別・偏見を受ける。
上京や赴任先でナンバーを変えていない人も同じ目にあう。
福島ナンバーの車から降りてきた人がバリバリの関西弁でも沖縄弁でも差別される。

彼らはあくまで「車のナンバー」が大好きで、その部分でしか判断できない幼稚さだ。

匿名無顔だから乱暴に凶暴になる。エロ勧誘メールやオレオレ詐欺と変わりがない。
友達もいない実際に対面しても何もいえないような人たちが、ヨダレと鼻水を垂らしエクスタシーを感じながら群がって非自己判断で乗っかっている。

もちろん私は知らないし体験していないが、
かつて、そしていまだに、原爆が落とされ被爆した方、被爆しなかった方、広島・長崎の方々が受けた差別・偏見というものは、こういうものだったのだろうと感じる。
世界中にあるすべての差別偏見というものはこういうものだと確信する。

「がんばろう、ニッポン」というが、こんな国をがんばってどうする?
こんな国ではないようなら、がんばっても未来はあるかもしれない。

東北各地は頑張るしかないから、復興に向かうが、こんなニッポンをがんばってひとつになったらどうなる?
「馬鹿の集まりになろう、ニッポン」だ。だから、がんばる必要はない。
がんばって復興しても、政治家や官僚や東電やマスコミの「捨て駒・捨て石」になるだけだ。

「ゆっくりいこう、東北」
「気にするな、福島」
「がんばるな、いわき」

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by greenwich-village | 2011-05-02 11:45 | グリニッチ・ヴィレッジ | Comments(0)

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