新しいエネルギー/風評に対する今後の土壌汚染・農作物に関する有効的有機的復興計画

昨日、ラジオの投稿で一般のリスナーのある方が、ひとつの例として素晴らしい発想・提案をしていたのを聞いた。

農作物に関して、たしかに健康には害のない程度の若干の放射レベルが認められる土壌に関して。

きちんと放射レベルを計測して、まちがいなく安全な作物を出荷販売しているが、それでも消費者全体には風評があってなかなか前のようには売れない。
「美味しいし、汚染検査も大丈夫、それにこんなに安い」
首都圏を中心に買ってくださる個人・販売してくれる企業の方々には感謝しながら、それでも実際現実としては今後も厳しい道のりが続く。

そこで、そのリスナーの方の投稿では、

健康に被害のないレベルの土壌で、トウモロコシやその系統の作物を作って、国や東電が出資して精製プラントを作って、そこで「バイオ燃料」を作って、100%東電に買い上げてもらう。
東電はバイオ燃料を使って火力発電所を稼動させる。農作物に関して、たとえばそんな可能性もあると思います。

というような内容だった。

非常に素晴らしい発想で、この現状で可能な限り建設的な前向きな考え方だと思った。
そしてそれは、実際現実的に有効で、ひとつの新しいサイクルが作られ、農作物もエネルギーも互いに回せるものになると思える。

これは一例・発想なので、科学的に植物・農作物がどれだけ有効なバイオ燃料になるか、トウモロコシはそのあたりの気候で育つのか、トウモロコシ時季以外にも他に燃料になるような作物はあるのか、など、具体的には解決すべき問題もあるだろうが、そういう新しい角度からの発想が必要なのは間違いない。
精製プラント程度ならば、さほどの予算もかからない。
農家の方々が、いままで通りの作物を作りたかったりするならば仕方ない。農家の方々も畑・田んぼを止めるしかないかも知れない。

原発事故前と事故後の世界は、もうあきらかに別の世界になったのだ。
いままで通りのものを返せ、といってももういままで通りには戻らない。
戻らないものを考えて時間を費やすよりも、東電と国からの補償を得て、そこなりの新しい農業のあり方を模索する方が、現実的に有効だ。

農作物は何も人間が食べるためだけに作る必要はない。家畜の肥料としても作られているわけだから、今度は、大切なエネルギー資源として作るというのは、今回の件で余儀ない選択で本来の意に反するかもしれないが、実現すれば多くの人たちに喜ばれ必要不可欠な農作物になる。

人が食べても健康被害はないが、あのようなことが起きてのブランドは風評として圧し掛かり続ける。
ならば、食べる必要のない作物を作るのだ。

この発想を展開して科学的に研究開発していけば、家畜類も、食べたり搾乳したり卵をとったりする以外にも、エネルギー資源としてバイオ燃料化できるかもしれないし、魚・海産物に関しても同じことが出来るかもしれない。
魚ももともと、魚醤油とかネリモノのかまぼこなど加工食品にしていたわけだし、その昔はクジラの油は灯油だったわけだから、人体に影響のないレベルでも風評によって売れない海産物も精製しだいではバイオ燃料になるかもしれない。


まだ現実性は遠いが、考え方の一例としてこういう発想で、すべての産業がつながってお互いに回っていく形が、原発事故後の世界での新しく始めるために必要な価値ではないかと考える。

有機=オーガニック。

無農薬と自然回帰とかという意味ではなくて、
“機が有る”、
つまり“どれも必要不可欠につながっていて支えあっている”という意味。


原子力発電に関しては、関係下請け会社を含めても、閉ざされたサイクル。
その経済・生業もエネルギーも企業も科学的応用も行政も、およそ関係するすべてが、ただ原子力発電だけにとどまって、電力供給さえ不確かにくわえ、どこの社会・コミュニティーともつながっていない。
廃棄物を自然界に帰すこともできない。
まさに、東電・メーカー・科学者・行政・関係企業をはじめ、原発村の住人たちだけで運営されていた。


被害地域の農業・漁業のみなさんの怒りは当然の怒りとして、けれど怒りではメシが食べられない。
国もギャラを払って有識者・知識人と呼ばれる人を集めて諮問機関・対策委員会など作っているなら、
リフォームや建て増しではなくて、根底からの新築・新しく立て直さなければあまり意味がないだろう。
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by greenwich-village | 2011-04-27 12:23 | グリニッチ・ヴィレッジ

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