夏の電力不足が懸念されるなんて話は、あれは電力会社やマスコミの煽りでしかない

ことさら、「省エネ」なんて叫ばなくてもいい。


うちの店にはエアコンがなくて、冬は石油ファンヒーター設定温度11度、夏は扇風機一台だけで、お客様の皆様にはずいぶんと暑さ寒さを感じさせていました。

老若男女、それでもけっこう数「大丈夫ですよ、うちでもエアコン使っていませんから、扇風機ですよ、エアコン嫌いなんです」という方々がおりました。

エアコンはつまり冷蔵庫で、今のように高気密・高断熱の住宅やオフィスだと冷凍庫ほどの勢いになりますね。
ちなみに、私個人は昔、ヒートアイランドなどとなんでも横文字化されている当世の東京生活を、密集した風通りの悪い部屋で扇風機ひとつで暮らしていましたが、熱中症などかかったことがありませんでした。

みんながエアコンを使うから夏の陽気以上に外気が熱くなる。
みんなで「せーの」でエアコンを止めれば確実に下がるでしょう。

ある世代から上、もちろん若い世代でも原風景として知っているかもしれませんが、エアコンがなくても夏は過ごせていた。

暑い夏をどうやって涼しく過ごすか、というのは高温多湿の日本の昔から、日本人の賢い知恵として育まれて、それが日本文化になった。

挙げればキリがないのでしませんが、生活の中で“涼”を求める知恵は無数にありました。
みんながみんな、日本中がそうしていたので、夏の陽気以上の電気的な暑さなどなかった。
つまり、懸念される温暖化などもささやかれなかった。

暑い時は暑いように、寒い時は寒いように、それを避ける知恵、電気仕掛けで解消するようなものではない賢さが日本文化にはちゃんとあった。

そういう意味で、

バブル以降、日本人はつるべ落としのように馬鹿になった、愚かになった、知恵を文化をなくした。

電気仕掛けの工場が稼動することで、職人がいなくなった。
テレビが夜中まで放送される中で、芸人がいなくなった。
社会が至るところで電気仕掛けになることで、さまざまな職業・業種が失われていった。

夏の暑さから逃れる知恵も同じです。
電力会社と家電メーカーと所得増大など、そういう中でエアコンに取って代わられ、文化が失われた。


個人も事業所も企業も、日本中みんなが、「せーの」でもう一度スイッチを切り替えて、価値観のシフトを変えていけば、電力不足など原子力に頼る必要はなくなる。

日本中がそうなれば、それが「新しい時代」になる。
ゆっくりと落ち着いた暮らしを、安心して楽しめる国になる。

不便さは不便さではなくて、美であったり、風情風流であったり、粋であったり、そういう意識や価値観が電力不足を解消する。

セーターを着てエアコン部屋にいる、なんて野暮ったい矛盾

はもうお終いにしましょうや。


ことさら、「省エネ」なんて叫ばなくてもいい。
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by greenwich-village | 2011-04-21 10:47 | グリニッチ・ヴィレッジ

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