原発事故での「風評」の被害も困難だが、原発事故への「風化」する意識も懸念される

まだまだずっとずっと先のことだが、広島、長崎を持ち出すまでもなく、いづれ、福島の「風評被害」など消えてなくなる。

懸念すべきは、
人々の意識の中から「風評」が薄れていくのに比例して、
人々の記憶の中から「風化」して忘れ去られていくこと。


「風評」など、伝統的な偏狭な煽りに過ぎないから、次の時代や価値が変われば偏狭な人の意識もあっという間に流されていってしまう程度のものだが、
それと同時に始まる意識・関心の「風化」は、ことの本質を誤るどころか、出来事の「意味」を喪失させてしまう。

「風評」なんてものは勝手に流れさせておけばいい。低レベル・高レベル汚染水よりも健康には害はない。
そんな流行ファッションよりも、すでにいまからでも、この出来事を「風化」させないようにしておいたほうがいい。

震災・津波への警戒・準備はもちろんだが、避難民、原発事故の事実や映像のインパクトなどに覆い隠されて、やがてそれらさえ見飽きたニュースになってしまって、紙面や時間を割かれなくなっていく。

放出拡散した放射能物質の半減期・影響が消えても(それは遠い遠い未来だが)、放射能の手に負えない様を「風化」させてはいけない。

風化させてはいけない。
風化させてはいけない。


世界中の至るところで語り継がれている「神話」とは、本質的に今回のような事象・事態を叙事詩的に表現したものだ。

私は無神論者だが、もし神様とよばれる何がしかがあるのなら、それは、悪い神様だろう。
思い上がっている老人の東京都知事が、開口一番思わず「天罰が下った」などとほざいたが、神様を信じて強く信仰している田舎のじいちゃんばあちゃんたちや乳飲み子幼子、罪もない普通の我々の命まで奪うような神様こそ、とんでもない悪党だ。

天罰が下るべきは神様の方だ。

悪い神様を信じても仕方ないし、その神様の答えが今回の被害だ。

私には信仰・信じる神様はいない。
だから、思い上がっている老人の東京都知事が思うような「天罰」は下らない。
だから、悪い神様の「神話」も持ち合わせていない。

風化させず、語り継ぐべき未来の「神話」は、いま目の前の有様・事態だ。

信仰は個人の自由だが、
神様と呼ばれる何がしかのものは存在しない。

神様がいる、いない、ではなくて、ただ人間が愚かなだけのことだ。

愚かな人間が、科学でいうところの自然界の摂理をいじりたがって、分からなくなって、右往左往して、分からないことは「神」ということで、お社や教会のゴミ箱に押し込んでいるだけのことだ。

手に負えない原子力・放射能となんら変わりがない。
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by greenwich-village | 2011-04-18 12:26 | グリニッチ・ヴィレッジ

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